147 / 415
25
微かに言葉にして唇を噛む。
でなきゃ瞳は潤まないし、俺は喉の奥がひっくり返りそうな気分を、無理矢理飲み込むこともなかった。
スーツを着た頭の小さいスラリと細身の華奢な男は、三初より少し小さく、遠目でも中性的な美しい生き物に見える。
自分の膝に置いていた手を、無意識に背中に隠した。
仕事用のものでも俺といる時の嫌味なものでもないキレイな微笑みを見せているのも、穏やかに緩む瞳がこっちを見ないことも、俺の知らない俺より上等な人間がアイツの隣にいることも。
全てが神経中の焦燥を駆り立てて止まないなら、もうどうしたってそういうことだ。
小火だと思っていたそれが手遅れな大火事、大災害だった。
勘違いだから、別に本当は好きなんかじゃないと自分に言い訳をすることも、もうできないくらい。
「……嫉妬、……後悔」
しばらく眺めていたが、三初は俺に気がつかず隣の男の荷物をヒョイと持ち、二人仲良さそうに歩いて行ってしまった。
俺は気持ちごと置き去りにされたままだ。
ポケットにしまったスマホを取り出してみるが、既読はついていなかった。
アイコンをツンとつつく。
丸一日のうのうと機嫌を損ねたアイツを放置して呆れられた俺が今更、追いかけていってそいつは誰だと問い詰めたい気分に苛まれている。
いや、もしかしたらずっと前から、俺は我慢させていたんじゃないか?
例えばそう。そのままの俺を受け入れる、のパーセンテージが、五十だとする。最低限のというやつだ。それを履き違えて常に百パーセントでいたものだから、流石にそれはないだろうって。
物言いたげだったのはたぶん、昨日までのことをなかったことにしようとしていた、とか。
いいや、そもそも始まってすらいなかっただろう。
だって三初は好きな人がいる。そして頑なにひた隠してヒントすら貰えなかったその相手は、きっとあの美しい男なのだ。
俺は本当に、あの男の正体を欠片も知らない。
わかることは、俺とは似てもにつかないということと、逆立ちしたってああはなれないということ。
カチ、とスマホの画面をスリープにする。
アイコンがあった場所を親指でなぞって、スマホをポケットにしまう。
アイコンをなぞった親指に、チュ、とキスをした。
今の距離感はたぶん、このくらい遠い。首に腕を回して引き寄せればキスができたあの距離は、きっとたくさんのものが積み重なってたどり着いた距離だったのだ。
人間関係はしばしば、こういう壊れ方をする。
グシグシと目元をスーツの裾で擦って、無意味な「あー」という唸り声を上げた。
「シューウ、どした?」
「ケッ、別に? 終わったのか」
「プレゼント包装中」
ニカ、と笑った冬賀に肩を叩かれ振り向くと、隣に座りながら「五分くらい待つってさ」と言われ頷く。
三十路間近の男二人。
イブのショッピングモールで肩を並べてベンチに座るなんて、侘しさがなかなかに際立つものだ。
ともだちにシェアしよう!