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31(side三初)

 シャンプーが切れたと言う間森先輩に、詰替用の収納場所を教えた後。  早足に自室へ戻った俺はベッドの上に放置したスマホを拾い上げ、その画面が通話画面ではないことに気がついた。 「……待っててって言ったのに、クソ」  すぐにかけ直して、通話の相手だった御割先輩を呼び出す。  しかし電子音が繰り返されるだけで、一向に出る様子がない。  タイミングが悪いだろ、と呆れてめんどうになるのが半分。……しくった、と後悔して焦るのが半分。  ボスン、とベッドへ寝そべる。  柔らかなスプリングは衝撃を逃して温かく迎え入れたが、胸のあたりが妙に痛んで、言いようのない気持ちのままメッセージを送った。 『明日の朝、迎えに行きますから』 『今度は待ってて』  既読のつかないそれを見送ってから、スマホを雑に投げる。足元に転がってそれっきり、用なしだ。  オレンジ色の室内灯が淡く俺を照らし、一人暮らしにしては広い部屋がいつもより更に広く感じる。仰向けに寝そべり、無地の天井をぼんやりと眺めた。  白い天井に浮かぶ顔はもちろん──ついさっき言い合った、相手。 「意味わかんねー……」  額に手の甲を当てて、ボソリと呟いた。  いったいなんなのか。  怒らせているのはわかっていながら無理矢理切ったメッセージの続きを送ってから、先輩の様子がどこかおかしいことには気がついていた。  普段ならここぞとばかりに傲慢だ不遜だと噛みついてくるのに、素直に謝るだなんて誰だっておかしいと思う。  俺がからかうようなことを言ったのに〝だいじょうぶ〟と許容した先輩は、ちっともらしくない。急に家に行きたがったことも、別に嫌なわけじゃないけれど、変だ。  先輩なら俺のテリトリーにいつ入ったって構わないが、今日は来客がいるからやむをえず拒否しただけ。  間森先輩とは会わせたくない。変に御割先輩との関係を勘ぐられたくなかった。それだけだったのに。  御割先輩は気遣いがドヘタだ。  だからされたらわかる。先輩は俺に遠慮して、薄っぺらいなにかで自分の本心を隠した。  ムカつく。  ふつ、ともどかしさが苛立ちの仮面を被り、平気なフリをする。  突然これまでの態度がどうのと謝ってきて、俺に頼るのも甘えるのもやめるだとか言い出して、そんなこと求めていないだろ? 俺は先輩に変化を求めていない。  俺はムカついたらそう言う。  やめてほしいならやめろと言う。  甘くない言葉はいくらでも言う。  望まれなくても言ってしまう。  俺がいつ嫌だって言った? 俺がしたくてしてるんだけど? したくてしているものを拒否する権利を渡した覚えはない。  仕事を勝手に手伝うのは、これまで俺の周りにいた人でそれを嫌がった人がいないからだ。絶対に俺を利用しようとしないあの人に〝コイツは便利〟と思わせたいからだ。  甘えるより甘やかすほうが好き。  仕事が終わるまで付き合い、たらふく食事を振る舞い、甲斐甲斐しく送り届ける。  人の金で飲み食いすることを嫌がる先輩が虎視眈々と伝票を狙っても、ほくそ笑んでかっさらって、それで楽しかった。  俺の尽力が先輩の迷惑になるのなら一考の余地はあったが、そうじゃないだろう。  俺が煩わしく思っていたなら悪かった? だから控える? それは俺にとっての理由じゃないじゃないですか。  なのに裏表なく無神経を口に出すはずのあんたが、本心を煙に巻いて俺の機嫌を伺うわけ? 違うだろ。  俺はあんたがそうだから、あんたがあんた以外にはなれないから、だからあんたがいいんだ。  なんであんたが仮面被るんだよ。  線引きなんてしないで。後輩の枠を踏み越えたのは俺なんだ。自分を枠に押し込めて、中身のない上辺の言葉で関係を円滑に滑らせる。  俺にそれをしなくていいって言ったのは──あんたなのに。 「あんただけなのに……」  ため息も出なくて、そっと目を閉じた。  訪れたまがい物の闇の中で、思考する。

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