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慰めるなんてらしくなくて、俺はどうしていいかわからなくなる。
いつもなら罵るか叩くか、そうでなくとも穏やかに抱かれたりしない。
やはり俺は、三初を隅々まで暴君だと決めつけていたのだろう。
本当の三初はこんなふうに慰めることもあるらしい。
ただそれがわかっていても意図や理由はわからない俺は変に怯えて、涙腺を締め直した目をギュッと瞑った。
数秒抱きしめてから、三初の熱が離れていく。追い縋りたくなった手は繋がれたままで、動けない。
「ちょっとだけ、待て」
カチャンと音がして、俺の手の拘束があっさりと外された。
「っは……、……続き、シねぇの?」
「別に、さっきはちょっと感情的になってただけですから。もともとあんなの興味ないんですよ、俺」
三初は「自分で泣かせるほうが楽しいんでね。勝手に泣かれるのは趣味じゃない」と言いながら足の拘束も外す。
視線もよこさない。
怒らせた時はだいたい体も弄ばれるが、今夜はその気が失せたらしい。
相手が間森マネージャーだと思っていた時は拒否感しかなかったのに、相手が三初だったと知った今は、続きがないことを心のどこかが残念がる。
疲労困憊でボロボロのくせになに考えてんだか。自分で自分に呆れるぜ。
「……っつ……」
立とうとしたがうまく立てず、俺は床にヘタリと尻もちをつき、自分が乗っていた生暖かい器具に縋った。
弱った筋肉が引き攣る。
体勢を変えられなかった弊害だ。
ふと見ると、安物の金属で擦れ続けた手足には擦過傷や鬱血痕など、痛々しく見える痣ができていた。
なるほど、こうなるから三初は緩衝材のついた物を使っていたらしい。
こんなふうに傷がつくと、隠そうとしても見られたとしても不自然で目立つだろう。理由を聞かれても答えられないものだ。俺はいつも気遣われていた。
鼻の奥がツン、と痛くなる。
今更気づくなんて情けない。
迂闊な行動のツケが身に染みて、自己嫌悪で顔があげれない。
「立てない? どっか痛いですか?」
「別に、痛くねぇよ……」
「じゃあどうして泣くの?」
「泣いて、ねぇから」
まともに三初の顔を見れなくて、ボソリと誤魔化して顔を逸らす。
文句を言われるかと思ったが、三初はいつもの威勢が萎えきった俺を責めず、しゃがみこんで俺の体を抱き寄せた。
「なんで折れねぇのかね……ねぇ、意地張らないで。間森マネージャーから他になんかされた? あの人はもう潰しましたよ。先輩がなに言おうがどう動こうが怖いことない」
「本当、なんでもねぇって……」
「俺、来るの遅かったんですかね」
「っ、違う俺がっ」
「はい」
「っ、……」
淡々とした口調で静かに語る声が、確実に逃げ場を無くしていく。
俺が気落ちする理由を聞き出そうとする三初からは逃げられない。
「俺が、その……俺は……」
「うん」
「……お前じゃねえと、ダメだったよ」
──お前が、好きだから。
そっと三初の背に腕を伸ばす。
言葉にするのはうまくできないものだから、頭に頬を擦り寄せ、俺は三初に好きだと伝えた。
ふぅ、と息が肩をなぞる。
首に回した手が震えると、三初は俺の頭をなで、もう片方の手でトン、トンと汚れた背を叩いた。
「泣かない。あんた泣き虫のくせにちびちび泣くから、こっちが余計気になるでしょ。いっそギャン泣きすりゃあいいのに小出しに隠して……だからいつまで経っても抱えっぱなしなんです」
「は、なんだそれ……ちゃんと泣くだろ、俺ちゃんと弱ぇよ……」
「違う、泣くまで弱らないんですよ、あんたは。もう一人で泣いて考えて処理しないで。俺に言って」
「ふ……これは、自己嫌悪だ……」
「脳内反省会? アホですね」
言ったら言ったで切り捨てる三初は、やっぱり口がひねくれている。
それでも手つきが優しくて、離れることができなかった。
「ほんと……俺の前ではよく泣く。でも今日は特に凹んでますね。まぁ、話も聞かずに一方的に叱ったから当然か」
「違ぇ……俺は、バカだから、空回っちまってよ……自分が情けなくてよ……」
「それだけ必死だってことでしょ。俺があんなこと言ったから」
ならただの必死の空回りだろ。
そう返事をしようとしたのに、あー、と意味をなさない声とともに髪をくしゃくしゃとかき混ぜられる。
されるがままでいると手が止まって、乱れた髪を手のひらが少し梳く。
「先輩は、いつも自分で考えて動いてるんですよね。わかんないくせに俺の言葉をバカ真面目に受け止めて、自分なりに解読しようとしてくれる。……全面的に、言葉足らずな俺が悪かったです。……ごめんね」
バツが悪いような声だった。
三初も思うところがあるらしい。
俺は恋人を蔑ろにして暴走したと反省したけれど、三初は恋人がそうだとわかっていたのに誤解をさせる言い方をしたと反省しているようだ。
でも、俺は三初のそれをそう悪いふうだけに思っていない。
三初は三初なりの言い方で思う通り気持ちや考えを伝えている。
俺はいつもわかりやすく言えと唸るが、俺が察せないだけで、三初は三初なりに伝えていることを知っている。
なんでそうなる? そういうやつだと理解した上で惚れたんだ。
今更、そんな短所一つで全面的に悪かったと言われても腑に落ちねぇ。俺も、俺だって、馬鹿なとこあるんだから。
「たまに、優しく抱けよ。……それだけでもういい。いちいち謝られんのは、面倒だぜ」
「……、……そういうこと言っちゃうから、口割らせたくなるんだよなぁ……」
腕に力を込めて答えると、三初は「やっぱあのド腐れゲロ虫殺しときゃよかった」と呟いて、ため息を吐いた。
三初の肩口に目を押しつけて、グリグリと滲んでいた涙を拭う。
流石に泣きっぱなしはみっともねぇ。もう散々見せちまったけどな。
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