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 ポカン、と口を開けてナーコを見つめる。  三初と言えば基本顔色は変わらず、怒る時ですらクール過ぎて逆に怖いぐらいの男だ。  あったとしても変化は一瞬。  それが他人にわかるくらい取り乱すなんてこと、有り得ない。 「ンなわけねぇだろ。幻じゃねぇのか?」 「客商売してるから、記憶力には自信があるわよ! あの子凄くイライラして、キレイちゃんが悪い子って説明した後『弁償するんで、ドア蹴破りますね。後監視カメラ見せてもらっていいですか? 社会的に殺します』って、有無を言わさない勢いだったのよ」  信じられなくて疑うが、話はどんどん理解の範疇外に進んだ。  ナーコはうふふと笑いながら「必死だから嘘じゃないと思ったの。で、わかったわって頷いた時に、丁度キレイちゃんが出てきてねぇ〜。凄かったワ〜」と続ける。 「私が見てるのも忘れたみたいでね〜、怖い顔でパッて近づいて、思いっきり回し蹴りよ! 側頭部を一発。よろめいたところを絞め落として、ディスプレイで飾ってた縄を使ってギッチギチ!」 「う、嘘だろ! あいつがニヤケ面と無関心顔以外するかよっ」 「ホントよホントッ。後はキレイちゃんのお金で病室ルーム取って、シュウちゃんになにをしようとしてるのか吐かせてたワ。重低音でね〜。『二度とふざけたマネできへんよう、手足へし折ったろか? あ? 死ねや』って、お口が悪かったのよね」 「嘘だろ! 嘘だろ!」  だめだ。全然無理だ。  聞けば聞くほど信じられねぇ。  オラついた三初なんて想像できず、俺は終始信じられないと言ったが、ナーコはこの目で見たと言い張った。  そんなもん納得できるかよ。  第一、なにがそんなに取り繕わないくらい必死になることがあンだ?  俺のオイタにキレてたって思ってたから必死こいて謝ったのに、間森マネージャーにそこまでキレるのは、意味がわかんねぇ。  ちりとりの中のゴミを捨て、箒を裏にしまってから、俺は改めてカウンターの前に戻る。 「…………」 「うーん。あの子はドSっていうより、王様みたいよね……あ! そうそう、暴君ねっ! ピッタリ〜」 「………いや、やっぱ意味わかんねぇ。なんでそんなに怒ったんだよ。俺がここに来ることを秘密にしたからだろ? マネージャーは関係ねぇよな」 「やだこの子。それ本気で言ってるの?」  大真面目の真剣な顔で言ったのに、今度はナーコが信じられないとでも言いたげな表情をした。なんでだよ。  理解が追いつかない俺は「じゃあお前はわかるのかよ」と尋ねる。  するとナーコが手招きをするので、顔を近づけた。  耳元に唇が寄せられ、吐息がかかる。擽ってぇ。 「あのね、シュウちゃんのカレシは、ナイショで来たことじゃなくて、セクシャリティが男な人が溢れるゲイバーにシュウちゃんが一人で行くのが、だめなのよね」 「そりゃ、まぁな」  それはわかるので、コクリと頷く。  たぶん、やましいことがあるのかと疑ったのだろう。  詳しい動機は聞いてない。  三初はメッセージの既読がつかないから冬賀に場所を聞いてやってきた、と言っていただけだ。  けれどナーコの話の続きを待つと、話を聞くにつれ、俺の体はジワジワと体温が上がっていく羽目になった。

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