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 なんだよその驚くほど穏やかな声音はッ!  取引先に挨拶しに行く時のやつだろそれッ!  初対面の時以来のよそ行きの仮面を被られた俺は、なぜ歩み寄ったのに距離を取られたのかがわからず、唸り声をあげる。 『…………はー、取り繕わないと反応できないくらい、ビックリしたわ。マジで全然似合わないこと言わないでくれます?』 「お前取り乱したらビジネス対応になるのかよ。嘘だろ……」 『仕事で取り乱さないんでね』  確かに取り乱したところは見たことねぇけど、対処方法が独自すぎるわ。  少し落ち着くともういつも通りに戻ったらしい三初に、俺は腑に落ちない気分になった。  ちょっとは照れるやら喜ぶやら、それらしい返しがあるかと思ったのに、愛情を伝えられた気がしない。  名前呼びにすれば、甘さってもんが出ると思ったのによ。 「じゃあお前も名前で呼んでみろよ。ずっと御割先輩じゃ、色気がねぇだろ? 呼び捨てでいいから」 『気が向いたらね。そんなもん、改まって呼ぶものじゃないですし』 「そうか? お前、そもそも俺が寝落ち寸前の時ぐらいしか、本気のやつ言わねぇだろうが」 『それは気が向いてるの。まー……返事が返ってくるのが嫌なんで』 「どこまでも捻くれてんな」  普通返事が欲しくて人に話しかけるものなのに、三初の理論はよくわからない。  その後は他愛のない話をして、夜に合流すると言って通話を終了した。  スマホを元通りにポケットにしまい、ふー、と息を吐く。 「……要、か」  改めて口にすると、なんとなく周囲にホワホワと花が飛んだような気がした。  アイツに一番しっくりくるのはみはじめ、という音だが、かなめ、も割としっくりくる。  似合ってるよな。  みはじめかなめ。  三初のほうが怒鳴りやすいのは、多分普段からそっちでキレてるからだ。  だけど要呼びも達成したので、間森マネージャーなんか何一つ負けることはねぇ。  合鍵は順序があるから保留。金もかかるしな。  後名前呼びよりやるのが恥ずかしい。俺基準だ。  甘いことをするのは照れくさいが、俺だって一人だと喜ぶくらいはする。  ニマ、と笑って赤くなった頬をパシンッと叩き、カウンターの下から這い出した。  気合を入れて、バッ! と立ち上がる。 「うしッ」 「うふふ。シュウちゃんのカレシ、カナメちゃんって言うのね〜」 「…………」  しかしカウンターのむこうにいつの間にかナーコが立っていて、俺はあえなく硬直。  そのままみるみるうちにゆでダコと化して、再度カウンターの下に潜り込んだことをお知らせしておこう。 (く、くそォ……ッ! 金輪際シラフでデレデレとか、絶対しねェ……ッ!)  第七.五話 了

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