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04
俺はテレビ画面から視線を外し、フラフラと立ち上がって梅酒のパックを手に取りながら、ソファーへ移動した。
構ってもらえないものだから一人で酒を飲み、ソファーで赤くなって揺れる。
「そうかよ……三初は俺より、おにぎりが好きなんだってよー……」
「脳ミソ握り潰しますよ? あんたが残りを握れって言ったんでしょ。明日の朝メシこれですから」
「うん……俺はおにぎりより三初が好きだ。だから、三初が握ったおにぎりは……すげぇ好き」
「そ。じゃ、梅酒と俺なら?」
「………………みはじめ」
「あはは。即答してください」
「ぅむぐ」
あらかた片付けたあと手早くおにぎりを作り終えたらしい三初が、ドサッ、と隣に座り、直後俺の顎を掴んだ。
俺の手から梅酒のグラスが奪われ、三初が優雅に口をつける。
なんで盗るんだ、俺の梅酒だぞ。
熟成梅のお高い梅酒だ。俺が飲みたくて買ったんだ。奪われちまった。
「おいみはじ、っ…ん、……っふ」
もちろんそれらの文句を口に出そうとしたのだが、三初のドアップが現れた瞬間、ボケた脳が上書きされてしまった。
密着する柔い唇と、歯列を割る舌。
濃厚な梅の風味と甘酸っぱくまろやかな口当たりがとろりと喉へ注がれ、反射的にゴクッ……と飲み下す。
唾液の混ざった生ぬるい味だ。でも飲み込む。飲み込むにつれ、ボンヤリと逆上せた頭が溶けていく。
ちゅ、と吸われて解放された唇を、身を引く寸前で揶揄うように舌が舐める。
「は……っ、三初……」
「酒くせぇなー」
ようやく顎を離された俺は、ニンマリと口元を緩める三初を視認し、その肩にぐで、と体をもたれさせた。
ただ口移しというだけだ。
しかしさっきまで散々飲んでいた酒が、違う味わいだった気がする。
三初は「こうしておけば先輩の好きな酒を飲む時、俺の顔が出てくるようになると思うんですよね」と平気で言う。
「俺経由で飲むお酒、おいしい?」
「うめー……俺、これで酔いてぇ……」
「あんたもう酔ってるんですけど」
バシ、と頭を叩かれてもなんのその。いつもなら怒るが今は気分じゃない。
俺は「んー……」とぼやきながら尻尾を振ってグリグリと頭を押しつけた。
な、次はなにすんだ? 付き合ってやる。こんな気分今日だけだぜ。お前だけ。お前が俺の恋人だからだよ。
素知らぬ顔でテレビを見ながら俺の耳たぶをむにむにと弄る三初の肩でぐでって、上機嫌にゴロゴロ甘える。
そんな時。──ブブッとテーブルに置きっぱなしだったスマホが震え始めて、画面が光った。俺のスマホだ。
画面には〝美環 〟の文字。
「……みかん?」
「んぁ……? 着信、あー、出るわ……」
せっかく気分が良かったのに、と若干しょげかえりながらも、俺が美環を無碍にするわけないので手を伸ばす。
例え恋人とイチャイチャ真っ最中だろうが、美環は特別だ。
画面を眺めて、通話ボタンを押す。
迷いなく手に取り通話ボタンを押した俺を、三初が横目で見つめる。
俺はそれに気づかず、スマホを耳に当てた。途端、女の声が頭にガツンと響く。やかましい。
「うっせぇ……ンだよ、美環。……あ? そー飲んでる。宅飲みしてんだ。連休ってすげぇから。酒飲みほうだいだから」
「…………」
「あはっ、まだ酔ってねぇよ。俺は全然、へーき。よゆー……ぁん? ぷっ、みかんは心配性だなぁ。かわいいなぁ……俺ぁおまえみてぇなかわいい女が出歩くほうが心配でよ……んや、かほごじゃねぇ。不審者とか、殺してぇだけ」
「……んー……?」
「酔ってない……は? 来んの……? もう来てるって、んじゃいいわ。……おう、来いよ。……ん、いい。だってほんとは嬉しいし……うん。俺も大好きだぜ」
「あー……なる、ほど……?」
「つか、なんで連絡あんましてこねぇんだよ、美環……俺すげぇ好きなのに……お前いっぱいかわいい……かわいいかわいい……知ってるってなんだよ。構えよ。好きだぜ」
「そういう感じか……」
「おう、じゃな。開けて、来て」
通話を終えてトン、と画面を叩き、また元通りにテーブルに置く。
ふぅ。泣き虫だ、美環は。
いくつになってもほっとけねぇよ。この世で一番かわいい女だから。
しかたねぇなと呆れ半分愛しさ半分、俺は酔って赤くなった顔を改めて三初の肩に乗せようとする。
が、三初は俺の頭をワシッと掴み、自分のほうへ無理矢理向かせた。
俺はキョトンと三初を見つめる。
「さっきの電話……妹さん?」
「ぁ? おう。美環……おれのいもうと」
俺がふへ、とかわいい妹を思い出して口元をニヤつかせながら認めた時、玄関のほうからガチャガチャと鍵を開ける音がしたような気がした。問題ねぇ。
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