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火照った肌と熱で潤んだ瞳に気だるさが増すと、元々甘めな三初の顔立ちには無防備な幼さが滲んでいた。
溶けた瞳がゆっくりと瞬きをする。
少しは考えたようだが、結局思考する力がなく、布団の中に目元まで沈んで狸寝入りを決め込もうとする三初。
諦めんな。中身も子どもかよ。なんの裏もねぇんだから素直に受け取って、我慢せずに弱っちまえ。
「……ゲホ……」
「なんだよ。まだ文句あんのか?」
「…………ありまくりでしょ」
それなりに間を置いて、布団の中からくぐもった声が聞こえた。
聞き取りづらい声で話し始めようとする様子に、耳をすまして待つ。
「……まぁ……あんたがそうしてほしいなら、弱みくらい見せても……いいんですけどね。割と前から、それはわかってたし、今更どうでも……いいんです。別に」
そう言ったきり続かなくなって、ポンポンと布団の上から肩を叩き先を促す。
三初は余計に深く潜り込んだが、ややあってゆっくりと、聞き取りに苦労するほど微かな声が話す。
「謎に暴君だ大魔王だ言われてようが、俺も……ただの男なもんで。……先輩に情けないとこはあんま、ね」
拗ねているのか、不貞腐れているのか、嘆いているのか、悲しんでいるのか、はたまた怒っているのか。
深々と潜り込んでしまった三初の意図なんて、想像と経験則の自己解釈でしかなく完璧にわかったことなんかない。
しかし、とりあえず俺が求めたことは叶えてやろうとしたが、常にいつもの自分しか見せたくない、というプライドがあることはわかった。
普段から誰にも弱みを見せない性分は、もともとこ性格だけでなく、たぶん育ってきた環境か、なにかそうしようと思う出来事でもあったからだろう。
けれど他でもない俺だからこそ、というところの根っこは、男の矜恃。
(コイツ、マジか……俺にダサいとこ見せたくねぇっつう、有り体に言やぁ──〝かっこつけ〟でブッ倒れてたのかよ)
結論に達した途端、ニヤ、と口元が緩んだ。
なんだこいつ、かわいいか。
意外とガキっぽいんだよな。
いつもは完璧主義で冷めた思考をしたマイペースな男が、小学生のような恋愛の仕方をして参っている。
しかも無駄にかっこつけたせいで、普通に風邪引きましたって言うよりダサいことになってもいた。バカだ。
それがわかると、部屋から出てこない理由を考えなかった自分の鈍さを反省する気持ちと、意固地な三初に対する苛立ち由来のモヤが簡単に薄れていく。
「くく、なんだよ」
「ゴホッ、ゔ、なに……重いですし……」
「あははっ、やべぇ、くっくっ」
髪がはみ出るくらいを残して布団の塊になっている三初を、潰さない程度に上から抱き込んだ。
抱き込まれた三初が布団の中で嫌がってもなんのその。
俺は今、すこぶる機嫌がいい。
もっと言えば、こいつをめちゃくちゃにかわいがりてぇんだ。
「だぁからせっかく一緒に暮らしてんのに構わなかったのかよ。クールぶりやがって、この一週間ろくに俺に要求しなかったのはそういうことか。ぇえ? 彼氏一人世話してやれますって? 結果風邪引いてダウンしてんだからダセぇなぁ、要ェ〜」
「っ? や……名前やめて……」
「あ? もう何回も呼んでんだろ。慣れろよ、要。要くん。カナちゃん。ふっあははっ、カナちゃんはねぇか。くくく」
「そういうんじゃなくて……」
「はっはっは。まぁ、お前が思うほど怖かねぇさ。今日は俺の天下だぜ」
「ラリってんですかね。……なにがヒットしたのか、ゲホッ、も、暑苦しいなぁ……」
三初は名前を呼びながら急にテンションが上がり始めた俺に、少し困惑した様子だった。
それも気にせず、俺は布団の塊をぎゅうぎゅう抱きしめる。
カナちゃんは似合わねぇ。笑っちまう。でもそのくらいかわいいと思ってしまった。要、お前かわいいぜ。
いつも俺だけが先輩らしく、年上らしく、かっこうつけたがっていたのかと思っていたのだ。
俺の世話を焼き後始末をつけてなにかとサポートしてくれるこいつが〝弱った姿はダサいから見せたくない〟なんて思考を持っているとは、思わなかった。
構わねぇのによ。
俺は今結構、嬉しいんだよな。
「うん。これから俺たちはちゃんと、共同生活していくんだよ。わかったら、今は俺に愛でられてろ。仕事じゃねぇんだ。いろいろ、一緒にしていこうぜ」
ワシャワシャとはみでた頭をなでたあと、その髪にキスをした。そのくらい俺は浮かれてる。
しかしキスをされた三初の頭は布団の中に完全に引っ込んで、伸びてきた手が俺の頭をぺんと叩く。コノヤロウ。せっかく甘やかしてんのに嫌がンなよ。
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