353 / 415
11
『先輩のおにぎりは米が固すぎなんですよ。後塩入れすぎ。んで、今度から辛子明太子入れてくださいね』
「あぁ? 全部食っといて文句言うなよ、不健康気まぐれ男め。だから当てつけみてぇに次の日昆布のおにぎり置いといたんだな? スッゲェ完璧なヤツ。ケッ、嫌味か」
『でも好きでしょ? 昆布』
「好きだわ。昆布」
そして通話を始めて、半時間ほどが経った頃。
話の流れで好きでしょ、と聞かれ、俺は好きだわ、と答えた。
そこにはもちろん他意はない。
おにぎりの具の話だからだ。
ただほんの少し、ドキッとした。それが好きという言葉の魔力である。
「も、……文句あんのか?」
『ないですよ』
だから当然、俺が僅かに言葉を詰まらせて尋ね返しても、三初はあっけらかんと短く返しただけだ。
日常的な会話で、俺たちは甘ったるい言葉を言うことがまぁない。
そういう性分同士がくっついた結果として、必然的だと思う。
(ふう……つい過剰反応しちまった。これも距離っていう魔法か? もしそうなら遠距離恋愛なんかしてるやつらのメンタル最強だな。十日でこのざまだぞ、オイ)
そんなことを考える俺の頬がカァ、と熱くなっていることなんて、通話の向こう側にはわかりやしない。これは利点。
『他には、そうだなぁ。高菜も』
「好き」
『こないだドライブした時お昼に食べてたやつ、あれなんだ。天むす』
「あれはマジで好きすぎるわ。革命だぜ」
『ふっ、それ真剣に言うところがアホですね』
「あぁッ?」
『先輩、握ったオムライスもでしょ』
「好きだっつってんだろッ」
『くく、なんでキレてんのかねぇ』
ちょこちょこ合間でおちょくられて、ガルル、と唸り声をあげると、愉快げな笑い声が聞こえる。通常運転すぎるだろ。
俺ばっかりが寂しがって、俺ばっかりがドキっとしていたようで、若干の腑に落ちなさがある。
仏頂面で不貞腐れても見えないところは、通話の難点だ。
ケッ、俺の苛立ちを見せつけてやりてぇぜ。
おにぎりとは言え好きだと連呼させられると、鼓動の速度が上がったまま、なかなか下がらない。
布団に潜り込んでいたのをバサッと上半身分ほど退け、体の熱を冷ました。
じゃないと、まずい気がする。
けれど三初はそんな俺の状態も、知らないのだ。
『じゃ……俺が握ってあげたおにぎりは?』
「…………言い方変えンな。昆布のおにぎりだろ? 好、きだっての」
一瞬どころか数秒ほどフリーズして、俺はなんとかなんの気ないテンションで返事ができた。
おにぎりの具の話じゃなくて三初が作ったというところにフォーカスされると、素直に好きだと言いにくい。
ただの雑談のやり取りが、今の状態をわかっていて俺をからかっているように感じる。
いや、ねぇけどな?
流石にそれがわかってたらエスパーだろうが。
(……ンなことばっか言わされっと、妙な気分になってくんじゃねぇか、クソ……)
モジ、と内ももを擦り合わせ、息を吐く。
反応しているわけじゃない。
反応させたくなってくるだけだ。
『くくく。俺は、先輩の握った下手くそなおにぎり、結構好きですけどね』
「ンッ、な、なん……っ」
だけどどうにか思考回路を逸らそうとした時、不意を打って言わされっぱなしの仕返しを食らって息を詰めた。
冗談か本気かはわからないが、タイミングは最悪だ。
チクショウめ。また一瞬ドキっとしちまっただろうが……ッ!
ともだちにシェアしよう!