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『先輩のおにぎりは米が固すぎなんですよ。後塩入れすぎ。んで、今度から辛子明太子入れてくださいね』 「あぁ? 全部食っといて文句言うなよ、不健康気まぐれ男め。だから当てつけみてぇに次の日昆布のおにぎり置いといたんだな? スッゲェ完璧なヤツ。ケッ、嫌味か」 『でも好きでしょ? 昆布』 「好きだわ。昆布」  そして通話を始めて、半時間ほどが経った頃。  話の流れで好きでしょ、と聞かれ、俺は好きだわ、と答えた。  そこにはもちろん他意はない。  おにぎりの具の話だからだ。  ただほんの少し、ドキッとした。それが好きという言葉の魔力である。 「も、……文句あんのか?」 『ないですよ』  だから当然、俺が僅かに言葉を詰まらせて尋ね返しても、三初はあっけらかんと短く返しただけだ。  日常的な会話で、俺たちは甘ったるい言葉を言うことがまぁない。  そういう性分同士がくっついた結果として、必然的だと思う。 (ふう……つい過剰反応しちまった。これも距離っていう魔法か? もしそうなら遠距離恋愛なんかしてるやつらのメンタル最強だな。十日でこのざまだぞ、オイ)  そんなことを考える俺の頬がカァ、と熱くなっていることなんて、通話の向こう側にはわかりやしない。これは利点。 『他には、そうだなぁ。高菜も』 「好き」 『こないだドライブした時お昼に食べてたやつ、あれなんだ。天むす』 「あれはマジで好きすぎるわ。革命だぜ」 『ふっ、それ真剣に言うところがアホですね』 「あぁッ?」 『先輩、握ったオムライスもでしょ』 「好きだっつってんだろッ」 『くく、なんでキレてんのかねぇ』  ちょこちょこ合間でおちょくられて、ガルル、と唸り声をあげると、愉快げな笑い声が聞こえる。通常運転すぎるだろ。  俺ばっかりが寂しがって、俺ばっかりがドキっとしていたようで、若干の腑に落ちなさがある。  仏頂面で不貞腐れても見えないところは、通話の難点だ。  ケッ、俺の苛立ちを見せつけてやりてぇぜ。  おにぎりとは言え好きだと連呼させられると、鼓動の速度が上がったまま、なかなか下がらない。  布団に潜り込んでいたのをバサッと上半身分ほど退け、体の熱を冷ました。  じゃないと、まずい気がする。  けれど三初はそんな俺の状態も、知らないのだ。 『じゃ……俺が握ってあげたおにぎりは?』 「…………言い方変えンな。昆布のおにぎりだろ? 好、きだっての」  一瞬どころか数秒ほどフリーズして、俺はなんとかなんの気ないテンションで返事ができた。  おにぎりの具の話じゃなくて三初が作ったというところにフォーカスされると、素直に好きだと言いにくい。  ただの雑談のやり取りが、今の状態をわかっていて俺をからかっているように感じる。  いや、ねぇけどな?  流石にそれがわかってたらエスパーだろうが。 (……ンなことばっか言わされっと、妙な気分になってくんじゃねぇか、クソ……)  モジ、と内ももを擦り合わせ、息を吐く。  反応しているわけじゃない。  反応させたくなってくるだけだ。 『くくく。俺は、先輩の握った下手くそなおにぎり、結構好きですけどね』 「ンッ、な、なん……っ」  だけどどうにか思考回路を逸らそうとした時、不意を打って言わされっぱなしの仕返しを食らって息を詰めた。  冗談か本気かはわからないが、タイミングは最悪だ。  チクショウめ。また一瞬ドキっとしちまっただろうが……ッ!

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