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 未だに熱い体を叱咤してのろのろと起き上がり、少し冷静になってきた頭でシーツの汚れを嘆く。  ホテルの清掃員の人に心の中で土下座した。  ローションは使っていないとはいえ、シンプルに自慰後のシーツは申し訳ない。  シミになる前にティッシュペーパーを手に取り、自分のドロドロな下半身と、シーツに零れたぶんのクリームや精液を拭う。 『まあ、言ってもあんた速攻ぐずってたじゃないですか』 「あ、っあれはお前、わざとだかんな。別に、本当は余裕だったっての」 『小学生のまだ本気出してないぐらい薄っぺらい言い訳ですね』 「誰が小学生だよ性悪生」  ベッドと体を綺麗にしたティッシュペーパーをエチケット袋に入れて、ギュッと縛った。 『でも楽しんでたでしょ。恥ずかしいの大好きですもんね』 「誰がッ! チッ、もうしねぇからな! さっさと出張終わらせて、帰るッ」 『ん? 帰って本物の俺とシたいって?』 「マジで俺の意志を誤訳しかしねェ耳だなテメェ」  フン、と不貞腐れる俺は、こうして気づかないまま勝敗を煙に巻かれてしまっている。  三初との勝負の俺の勝率はだいたい二割あるかないかなので、わかりきっている結果だ。  下着と下衣を身に着け、ハンズフリーを解除したスマホを耳に当てる。  そろそろ竹本が帰ってくる時間だ。  それは向こうもわかっているのだろう。  少しだけくだらない掛け合いの会話をしてから、通話を終えることになった。 『会うとしたら、出張明けですかね』 「おー。明けに会うか。今週は休日出勤してるやつら増えてそうだな」 『でしょうねぇ。それ乗り切ったらひと段落だから、やってもらわなきゃ困るんで』 「ほどほどにやれよ。出張明けまで、会えねぇんだから」 『ま、それなりに管理してみますよ』 「テメェのそれなりって嫌な予感するんだよな。まぁいいか……じゃあな」  しかし終了ボタンを押そうとすると、『あ、そうそう』と声をかけられ、疑問を感じながら再度耳にスマホを当てる。 「? んだよ」 『触りたい、修介』 「っ!?」 『だから今日はあんたの勝ちで、俺の負けですね』 「なん、負けって、っ」 『ふっ、ですが、最後は俺が勝ちますよ。負けっぱなしは性に合わない』 「お、オイッ!」  愉快そうな笑みを残してブツッ、と切れた通話。  耳まで真っ赤になってスマホを握り締る俺の複雑すぎる心情は、やり場を失って心臓の鼓動を加速させるだけだ。  ベッドに腰かけて震えながら、悔しくて唇を噛み締める。 (あ、の野郎……ッ! 言い逃げしやがって、結局俺の負けじゃねぇか、クソ……ッ)  名前呼びは不意打ちに最適だが、やられると死ぬ相互に効果てきめんな不意打ちだ。 「うお~、帰ってきたぞ~」  手で口元を覆い内心で悪態を吐くと、ガチャ、と部屋のドアが開いて、スッキリとした顔の竹本が帰還した。  どうも浮かれている。  酔いつぶれてはいないが、酔うほど酒を飲んでいるらしい。  明日に残らない程度ならいいけど、コイツ、マジで割と図太い野郎だな。  アルコールの力と夜の街の力で機嫌がいい竹本は俺を怖がることなく、軽率にそばに近寄り、よ! と手をあげる。  が、俺の顔を見て、首を傾げた。 「あれ、御割ぃ。なんでそんなえっろい顔してんのぉ? わへへ。顔真っ赤で、目ぇ潤ませちゃってぇ〜」 「は、ぁ……?」 「さてはお前、デリバリーしやがったなぁ? やーいメス顔御割ぃ。プレイ内容はおね攻めですかぁ?」 「…………」  ──とりあえず、だ。  この後俺は竹本に四の字固めをキメたわけだが、これは絶対に間違っていないと思う。  今度ふざけたこと抜かしたら、それ以上口を開く前にバックブリーカーをキメてやっからな。全自動失言マシンめ。

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