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【先輩は綺麗でいながら 8】

◆fujossy様ユーザー企画投稿作品 ★「絵師様アンソロジー夏」7月6日19時公開!★ 【キーワード】 ①プール ②読書 ③先輩後輩  浅水先輩はプールサイドに立ち尽くす俺に近付いて、プールの中から俺を見上げる。 「凄い汗だな。走ってきたのか?」 「いえっ、あ……はい、っ」 「なに、その返事。どっちなの」  俺を見上げたまま、浅水先輩は笑っている。  いつもなら、浅水先輩の笑顔を見たらホッとするのに。……今は、直視できない。  ……待たせて、しまったのだ。  水泳部の練習が終わって、部員も皆帰ったこのプール場で、たった一人。浅水先輩は、俺が来るのを待っていたのだ。  ──俺が来ると、信じてくれていた。  それなのに俺は、間に合わなくて。……合わせる顔が、ない。 「浅水先輩、俺──」 「岡本、ちょっと」  言葉を遮られ、反射的に浅水先輩の顔を見そうになる。……だけど、なんとか堪えた。 「……はい」  ──不満や文句を言われても、受け止めよう。  俺は浅水先輩から視線を逸らしたまま、小さく頷いた。  すると浅水先輩は、予想外の言葉を口にする。 「──もう少し、泳いでもいいか?」 「え……?」  それはあまりにも、予想外で。俺は思わず、視線を向けてしまった。  目が合うと、浅水先輩がまた、ゆるりと口元を緩める。 「今日はギャラリーが多くて、練習に集中できなかった。だから、泳ぎ足りない」  それが本心なのか、分からない。だって、水泳のことしか頭にないってくらい水泳馬鹿の浅水先輩が『泳ぎ足りない』って言っているくせに、笑顔のままなのだから。  ……もしかしたら、俺に練習を見せようとしてくれている浅水先輩の配慮かもしれない。そうは、分かっているはずなのに……っ。 「……はいっ」  勝手に、口角が上がってしまう。声が、弾んでしまった。  俺の笑顔を見て、浅水先輩はどう思ったのだろう。  ──きっと、喜んでいるのだろうな。 「そっちは暑いだろうに、悪いな」  ──そう言うくせに、笑顔のままなのだから。  浅水先輩は俺を見上げたまま、優しい声色で呟く。 「すぐに終わらせるから」 「え……っ」  浅水先輩の言葉に、思わず表情を暗くしてしまった。  浅水先輩の泳いでいるところを見るのは、好きだ。ずっと、見ていたいくらいに。  毎日、用事もないのにプール場の近くを歩いているのは、それが理由。そのことを浅水先輩本人に伝えたことはないし、伝えるつもりもない。  だから、今の言葉は完全に失言だ。 「ん?」  浅水先輩が、不思議そうに俺を見上げる。  練習に間に合わなかったくせに『泳いでいる姿を見たいので、たくさん泳いでください』なんて、言えるわけがない。  俺は持ってきていた鞄から、白いブックカバーをかけた本を取り出す。そして、プールサイドに体育座りをする。 「ほ、本。……そう、本を読む時間になるので……泳ぐ時間は、そんなに気にしなくて、大丈夫です……っ」  我ながら、苦しい言い訳だ。  浅水先輩は、俺が浅水先輩の泳いでいる姿を見るのが好きだと、知っているかもしれない。そもそも付き合っているのだから、なにを隠す必要があるか。  けれど、浅水先輩は言及しない。 「ふっ。分かったよ」  小さく笑ってそう言うと、俺のそばから離れた。そして、一人で泳ぎの練習を始める。  俺は興味が無さそうなフリをするために、本を開く。  そのまま本に目を通しているフリをしながら、チラッとプールへ視線を移す。 「──綺麗……っ」  姿勢よく、水中を泳いでいる姿が好きだ。  息継ぎをするために、一瞬だけ見える顔も好き。  一生懸命動かしている四肢も好きだし、ザバザバと響く水の音も、大好きだ。  ──浅水先輩が。  ──そして、浅水先輩が起こすなにもかも。  ──全てが、愛おしくて堪らない。

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