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【先輩は綺麗でいながら 9】

◆fujossy様ユーザー企画投稿作品 ★「絵師様アンソロジー夏」7月6日19時公開!★ 【キーワード】 ①プール ②読書 ③先輩後輩  久し振りに眺める浅水先輩の泳いでいる姿は、綺麗だ。  視線のカモフラージュ用に用意した本のページをめくることもできず、ただただ視線を奪われる。そんな夢のような時間を、いったいどのくらい体験したのだろう。 「はぁ……っ。……お待たせ」  ひとしきり泳ぎ終わった浅水先輩が、俺に近寄ってそう、満足そうに呟いた。  慌てて本に視線を移し、俺は小さな声を漏らす。 「おっ、お疲れ様です……っ」  浅水先輩の両手が、プールサイドに伸びる。 「岡本。そのまま後ろ、向いてくれる?」 「後ろ、ですか?」  浅水先輩の言葉の意味は分からない。が、俺は言われた通りに動く。  俺は体育座りをしたまま、プールに入っている浅水先輩に背を向けた。  すると後ろから、水の音がするのと同時に。……背中に、濡れたなにかがぶつかる。 「えっ? なっ、なに……っ?」  顔だけで振り返ると、すぐ近くに浅水先輩の顔があった。 「っ!」  顔の近さに、俺は慌てて俯く。  俺の背中に当たっているのは、浅水先輩の背中だ。プールの水で濡れているから、それが制服越しにも伝わっているのだろう。 「はぁ……っ。丁度いい背もたれだ」 「背もたれって……浅水先輩、背中がどんどん濡れていくのですが……」 「汗かいてたんだし、別にいいんじゃない? それに、今日は日差しが強い。すぐに乾きそうだ」  俺によしかかったまま、浅水先輩が俺の足元に置いていた栞を手に取る。 「……まだこの栞使っているの?」  浅水先輩が手に持っている栞は、俺のお気に入りだ。  ──付き合って、初めて浅水先輩から貰った……プレゼント、だから。 「……悪いですか」  ムッとして浅水先輩を振り返ると、浅水先輩は栞を指でつまみながら、俺と同じようにこっちを振り返る。 「まさか」  そう言って、浅水先輩は口元を緩めた。 「……嬉しそう、ですね」 「そう見えた? なんでだろうねぇ?」 「さぁ。俺には分かりませんよ、そんなこと」  心ゆくまで泳いだからなのか、俺が浅水先輩から貰った栞を大事に使っているからなのか。どちらが理由にしても、浅水先輩は上機嫌そうだ。  俺にもたれかかっている浅水先輩を、ジッと見つめる。栞をつまんだまま上機嫌そうに笑っている浅水先輩と、視線が重なった。  それがなぜだか気恥ずかしくて、俺はまたもや俯いてしまう。  すると、後ろから名前を呼ばれた。 「岡本、こっち向いて」  その声は、いつもの少しからかったような口調とは違う。  先輩だからとか、そういう声じゃなくて。……低くて、胸の辺りがそわそわする声。  ──恋人としての、呼びかけだ。 「……っ」  立てている膝の上に両肘をつき、本を開いたままもう一度振り返る。そうすると俺を見つめたままの浅水先輩と、視線が交わった。 「岡本、好きだよ」  そう言った浅水先輩の顔が、近付く。俺に告白をしてくれたあの時と変わらない、真剣な表情と声。  浅水先輩が今、なにをしようとしているのかは、分かっている。  分かっているのに、昨日のように俯いて避けようとは……なぜか、思えない。 「今回は、逃げたりしないの?」  額と額がくっつき、浅水先輩の吐息がかかる。ジッと見つめられて、頭の奥がクラクラしてくる感覚が、不思議でたまらない。  顔が、熱い。心臓なんて、走っている時と同じくらいバクバクしている。 「……少し、なら」  こんな時間に、こんな場所にいる人なんていないんじゃないか。……心の奥にあるほんの少しの甘えが、ジワジワと全身に広がっていく。  額が離れると、俺はギュッと目を閉じた。  ──ちょん、と。……触れるだけのキスを、落とされる。  目を開くと、浅水先輩の笑顔が飛び込む。 「少し」  意地悪く笑いながら、浅水先輩が呟く。  揚げ足を取られたようで、俺はムッとする。 「なんで怒るの? 自分で言ったでしょう?」 「そうですけど……っ」  意地悪な人だ。……つくづく、そう思う。  いつも俺のことを振り回すし、変なところで過剰に触れてくるかと思ったら、触れてほしいときにわざと放置して。……本当に、酷い人だ。  だけど……そんな、浅水先輩が。 「……浅水先輩」  ──好きです。  続く言葉は閉じ込めて、今度は俺から浅水先輩に。  ……触れるだけのキスをした。

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