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第2話
「ごめんなさい……!! 本当に、本ッ当にごめんなさい!!」
ホテルの床で土下座するパンツ一丁の智紀に、葵は苦笑した。窓の外はすっかり明るくなっている。そろそろチェックアウトの準備をしなければいけないが、葵はまだバスローブを羽織っただけの姿だ。
「まさかあんなことになるなんて思ってなかったんです……ただ、葵さんのことが大好きでたまらなくてそれで」
昨夜の荒々しい行為の最中、葵は激しい責めに耐えかねて気を失ってしまった。智紀はそれを詫びているのだった。しかし、謝罪する智紀に葵は柔らかな微笑みを向けている。
「いつも思うんだけど、どうしてそんなに謝るの? ぜんぶ合意の上でしたことなんだからさ、罪悪感なんて感じる必要ないよ」
「でも……俺……」
「気を失っちゃうってことは、それだけ悦かったってこと。男としては自信持っていいんじゃない?」
葵の微笑みがさらに智紀を辛くする。
本当は優しくしたい。本当は、葵に負担なんてかけたくない。
肉欲をぶつけるだけの野蛮なセックスではなく、お互いに求め合うセックスがしたい――それなのに結局、智紀は欲望に負けてしまう。意志の弱い自分が情けなくて、腹立たしくて仕方なかった。
「……絶対、次から気をつけるから……本当にごめんなさい」
「ん。分かった。それより早く支度しないと。僕、シャワー浴びてくるね」
葵は何事もなかったかのような顔をしてベッドから起き上がる。
そんな姿を見るたび、感じることがあった。
――葵は本当に自分を愛しているのだろうか?
なんでも許してくれる優しい恋人。よく言えばそうなのかもしれない。けれど、そこには本当の愛情があるのだろうか。許せないことがあるなら怒って欲しい。嫌なことがあるのなら、拒んで欲しい。それが智紀の本当の気持ちだ。
バスルームへ向かう葵の背中はどこか儚い。いつか、何の前触れもなく消えていってしまうのではないか。そんな雰囲気を纏っている。
智紀は不安にかられて目を閉じた。膝の上の拳を痛いほどに強く握る。
(……大切にしないと、本当にいつかきっと後悔する)
ゆっくりと立ち上がり、さっきまで葵が腰かけていた場所に手を触れる。あたたかい。そのぬくもりを失いたくない。少し痛む頭を押さえ、智紀はただその場に立ち尽くした。
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