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とある釣りのはなし(絽枇×黒亮公。R15くらい?)

絽枇(リョヒ)・・・鷹の血を引いた一族の青年。初陣の際、武功をあげて副将軍になった。 長い髪と、どこかミステリアスな雰囲気が漂うお兄さん。 双子の弟に絽玖がいる。 何故か黒亮公(コクリョウコウ)と仲が良い。いつもヘラヘラニコニコしている。龍国出身。 黒亮公(コクリョウコウ)・・・二十代後半。猫妖族と人間のを引く混血。獣人。 黒い猫耳と結い上げた黒髪。燃えるような赤い瞳が印象的なお兄さん。 ふらりとやってきた絽枇と何故か仲良くなった。気性は荒いが心は優しい。 現在も狼国西部の都市を治めている。 舞台・・・『残月記』狼国。 「・・・釣れないねえ」 「・・そうだな」 「ねえ。場所が悪いんじゃない?」 「そうかもしれんな」 「釣れないなー・・・ねぇねぇ。お腹空いたよぉ」 「まだ釣り始めたばかりだろう?」 「ひもじいよぉ~?」 「うっさい。黙って釣れ!」 「えー今ので魚が逃げちゃったんじゃな~い?」 「・・・・ぐっ・・」 「あー・・良い天気だねえ」 そんな事を絽枇が言う。 その言葉を耳にして、黒亮公はふと空に視線を傾けた。 二名の真上を一匹の鳶がピーヒョロロロッと鳴き声を上げながらぐるりと旋回する様子を黙って眺める。なるほど確かに、雲ひとつない世界から覗く空は雄大で、さぞかし心地も良い事だろう。そんな事をふと考えて彼はまた先ほどから挿したままの釣竿に視線を向けた。 「・・・・・・」 釣りに行こう。そんな事を話しながら友人である絽枇が彼の下を訪れたのはつい先日の事だ。 その頃、黒亮公は村に押入った盗賊を一人残らず成敗する為に領地を離れており、それを知った絽枇が「じゃあ。私は適当に街をぶらぶらして来るよ~」と言いながら、ふらりと立ち去ってしまったのだ。 「えっちょっ!絽枇様?お待ちください!」 と止める役人たちの声も聞かずに・・・。 それを知らされていないまま、黒亮公が仕事を片付けた部下と共に馬に乗り、てっくりてっくりと帰還していると、どこからかワイワイガヤガヤと明るい声が響いてくる。 「・・・・・・・」 関所の周辺は、いつもは静かなのに何故だか今日は騒がしい。はて・・? 「・・・なんだ?今日は偉く関所の向こうが騒がしいな・・」 「そう言われてみればそうでございますな。見てまいりましょうか?」 「いや?どうせ中に入るんだ。このまま進もう」 「御意にございます」 馬の背に揺られ、パッカパッカと門の中に入り、必要な手続きを全て済ませ馬から降りた彼が、見覚えのある背中を見つけたのは、関所に入ってしばらく経過しての事だった。 「・・・・うり坊?」 「・・何故このような場所にうり坊が・・?」 目の前をフリフリと腰を振って歩いて行くのは、茶色い毛皮が何とも愛らしいうり坊である。 街の中をこげ茶色の毛皮に縦縞が特徴的なうり坊が、てくてくと歩いておられるその光景に民達からは黄色い悲鳴が木霊して何とも賑やかだった。 「可愛いでございますなぁ~」 「・・・・そうだな。可愛いな」 「親は何処におるのでしょうな~?」 「はぐれたのかもしれんなぁ」 「ではまた山へ戻さねば」 「だな~」 子豚よりもひとまわり小さなそのうり坊がヨチヨチと歩く仕草は何とも可愛らしく、愛らしい。 その背中を眺めているだけでほわわ~んと温かい気持ちがじんわりと広がった二名はその背中を追いながら、頬を緩ませて歩いていた、その時だった。 「あれ~帰って来たの~?」 「ん?」 聞き覚えのある間延びした声。その声で現実へと引き戻された二名は、はたと前を見た。 「・・・・・・・・・・・」 「・・・・あがっ・・・・・」 そうして顎が外れんばかりに口を大きく開けながら声にならない声をあげたのである。 「や~まいっちゃったよ~。市場にいたはずが、気付いたら山にいてさぁ~。困っちゃったよ」 「・・おま・・・そっそれ・・担いできたのか?」 「そぉだけど?」 全身土塗れになりながら、朗らかな笑みを浮かべる男が眼前にいる。 その男が担いでいたものは、何処から見ても自身の倍はあろうかという大きな猪だった。 「・・・ということは・・・」 黒亮公は嫌な予感を隠そうとしないまま、一瞬、部下を見た。 彼も同じことを考えたらしく、うり坊を見ている。 「・・・・・いやいや違うよ~」 「・・・・・・」 「そんな目で見ないでよ~」 猪をどしーんと地に降ろしながら、ふぅ~と額の汗を拭うその男の名は絽枇。 鷹の血を引く一族の若者で、先日初陣にて武功をあげたばかりだ。 すぐに副将軍になったと聞いてはいたが・・。 ニコニコ笑顔な彼を前にして、黒亮公は軽く眩暈がした。 「・・・・それで。この猪はどうしたんだ?絽枇」 「うん?まぁ待ってよ。まずはこれを調理しようよ!私がやるからさ」 「やめてくれ。誰か呼ぶ。いや、むしろお前が調理するくらいなら私がする」 「・・・えぇ~酷くない?」 「酷くない。それで?ああ。この猪を運んでくれ。皆に振る舞おう」 猪に一礼を終えた彼が部下に運ぶように命じている最中、絽枇はうり坊をひょいと抱くと、にこにこ笑顔を見せている。 顔を見合わせて笑う二匹の姿は何とも微笑ましい光景ではある。しかし・・。 「叩くなよ。この子はまた山に戻すのだからな」 「分かっているよ。必要以上に狩る気はないさ。はい」 「お預かりします」 「ああ。あのね、市場を見ていたんだよ。そうしたら山へ入っちゃって、そこでうり坊を見つけてね。「あら?可愛い~お前は何処の子だ~」って遊んでいたら、猪が襲って来たんで、とっさに・・・その・・」 「・・・攻撃を仕掛けたわけだな」 「うん。そうなっちゃうね」 「まさか・・その短刀で仕留めたのですか?」 「・・・うーん・・短刀っていうか・・枝?」 「はぁ・・」 「枝が落ちてたんだよね。それで・・こう・・トンッっと?」 身振り手振りを交えながらニコニコ笑顔で話す絽枇の姿に相変わらずだなと呟きながら、黒亮公が苦笑いを返している。 こういう時に見せる絽枇の表情はどこか子供のようで、彼はそれが嫌いではなかった。 「とりあえず、湯を貸そう。そのままだと心地が悪いだろ?」 「ああ。うん。そうだね。じゃあお借りしようかな?」 そう話しながら屋敷へ向かって歩く二名の背に向かって兵たちが礼を返す。 その姿にヒラヒラと手を振りながら二名は屋敷へ向けて歩き出すことにしたのである。 そうして、一刻が過ぎて現在。 微動だにしない竿を前にして二名は野に寝転がるとぼんやりと空を眺めることにした。 耳を澄ませると川の流れる水の音が心地よく、気を抜くとウトウトと眠ってしまいそうになる。 時折、ゆるゆると吹く風とポカポカと陽気な日差しに照らされて二匹は目を閉じたまま、のんびりとした時間を楽しんでいた。

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