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SILVER✂︎

 シャリ、シャリ、とリズミカルに音が鳴る度、カラーリングを繰り返して傷んだぼくの茶色い毛先が足元の新聞紙の上に落ちていく。  ここは美容室ではないから、目の前にミラーはないので今どんな感じになっているのかは分からない。ぼくがカッコよくなるかどうかは、全てぼくの背後にいる宏樹(ひろき)にかかっている。 「言うほど、傷んでないよ」  ほんと? と振り返ろうとしてしまって、慌てて顔を押さえられた。  くすくすと可笑しそうにする宏樹の声が聞こえて、涙が出そうになった。  ぼくはこの後、この部屋を出ていく。  二年間一緒に住んだこのアパートを。  美容師の宏樹から「ごめん、浮気した」と聞いたのはひと月前だった。  夢かと思った。  だってぼくらは順調だったから。  相手は同じ職場の女性だと聞かされた。許せれば良かったけど、どうしても許せなかった。 「酔ってたんじゃ、しょうがないね」って笑って流せるほど、ぼくは強い男じゃないし、馬鹿じゃなかった。  ぼくから別れて欲しいと伝えた。  さっき、引越し業者に来てもらってぼくの荷物を持って行ってもらった。最後に、髪を切って欲しいと頼んだのはぼくだ。 「前髪は? 眉毛上くらいにする?」 「うん、そうだね」  首元がスースーする。もう後ろは切り終えてしまったらしい。  髪が目に入らないように目を閉じる。  あと少し。あと少ししかないのに、ぼくの口からは何も出てこない。  ぼくがもし、ロングヘアーの女の子だったら、時間はたっぷりあったのに。こんなに短いぼくの髪じゃ、あっという間に切り終えてしまう。  柔らかな刷毛で顔についた毛を払ってもらってから 「はい、こんな感じでどうかな」  宏樹が明るく言ったので、ハッとして目を開け、手鏡を見る。  なんか猿みたいでかっこ悪い気がする。  だけどぼくはきっと一生、今日の事を忘れないと思う。 「ありがとう」  髪の毛と一緒に、一粒落ちた涙もこっそり新聞紙に包んでゴミ箱に捨てた。  ぼくの目が潤んでいたのには宏樹もきっと気付いたけど、何も言わなかった。最後まで宏樹は優しく、残酷だった。   「じゃあ、元気でね」  また来るね、みたいな言い方をしてからピンク色のスニーカーを履いて部屋を出て、一歩踏み出した途端、涙が溢れ出して止まらなくなった。  ピンクがよく似合うねって、初めて会った時に言ってくれたのが忘れられなくて、馬鹿みたいにピンクのものばかりに目がいった。ピンクなんてそんなに好きじゃなかったのに。  大好きだった。大好きだった。  ぼくとかけがえのない大切な時間を過ごしてくれて、どうもありがとう。  へへ、とぼくは涙を指で拭って、力強く地面を踏みしめた。  やけに風が冷たく感じるのは、やっぱり髪を切りすぎたからだろうな。

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