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第3話

 ぱっかり目を開けると、室内は生々しい雄の匂いがまだ充満していた。  視線の先は自分の部屋ではない天井。日の光を受けて、忌々しいくらい白く輝いている。  朝になっていた。……いや、もう昼かもしれない。  起き上がろうとして、あらぬ所に激痛が走った俺の体は再びベッドに逆戻りした。 「――くっそ。いてえ」  そして眉を寄せ、吐き捨てる。 「あの馬鹿犬。後始末もしてやがらねえ。セックスの礼儀も知らんのかよ。……まぁ、んなモン教えた覚えもねぇけどな」  俺はちっと舌打ちして自分の言い草を呪った。 「くだんねえ」  思い出したくもない昨夜の狂乱は、しっかりと脳に焼きついている。  酔って記憶をなくす体質ではないし、職業柄その辺の自己管理は徹底していた。酒はほどほどに。刑事の常識であり良識だ。  なんとか動けるまでに快復するのを待って、俺は身支度を整えるとマンションを出た。  ……シュン個人の荷物が、ヤツの部屋からなくなっていた。  ヤツの行き先にはアテがあった。  別に刑事の勘でもなんでもない。  ウチを出て行ったなら、シュンの行き先は他に一つしかないだけだ。  巨大な木の門扉の前に立ち、俺はふっと肺の中の空気を吐き出す。 (あいかーらず無駄にデカイ門。時代劇かよ)  呆れと皮肉に唇を曲げて呼び鈴を押して待つこと数分。  こちらを確認する声もなく、門扉が軋み、ゆっくり重々しく開いた。  久方ぶりに訪れる屋敷に、俺は躊躇いなく足を踏み入れた。 (……ったく、あの駄犬。誰に何を吹き込まれたか知らんが、――んとに馬鹿すぎてイヤになる。面倒くせえったらねえ)  だが、腹の中で、口汚く罵ってみても、俺の足は止まらない。  怖れはないが、はなはだ面倒くさい気分で俺は石畳を踏みしめ、青々と茂る木立に見え隠れする古い家屋(かおく)を目指した。  屋敷の奥の懐かしくも不愉快な座敷牢にヤツは居た。  広い室内の真ん中で仰向けに寝転がってふて腐れている。  耳や尻尾は見えないが、もし視界確認できたならきっとそれは明らかに垂れていただろう。  使い勝手がいいように整えられた室内は、住み心地が良さそうだ。  目の前に、鉄の格子さえなかったならば。 (――未だにこいつをここにぶち込む連中の神経が心底わからん)  理解しがたいが、どんなに膝をつき合わせて話し合っても今まで相容れることがなかったものなので、もはやこの点は諦めるしかないのかもしれない。崇め奉りながら自由を奪う妄執を、この先も理解できるとは思えないというのが俺の正直な気持ちだ。 (だが、平行線なら平行線なりに、平和的な在り様は模索していくべきだろ)  俺の気配を察知して、シュンががばっとその身を起こした。 「カズサ……」  ……いつもはもっと明敏に反応するのだが、座敷牢にはヤツの力を封ずる働きが作用しているため、気付くのが遅れたのだろう。こちらを純粋な驚きを宿した目で見た。

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