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第2話 ①

 今、どうしてるか。  教室の窓から見えるグラウンドは無人で、何の気もまぎらせてはくれない。ホワイトボードと先生の話、大事なところだけをノートに写しながら、俺は静かにため息をついた。  地面と空とサッカーゴール。緑のネットで囲まれた無人の空間は、太陽に明るく照らされて空っぽを際立たせる。あいつも今頃、こんな景色を見ているのだろうか。  空と庭しか見られないのに。  こんなも何もない、と自分の思考を一笑に付した。あいつにとっての外は、ごくごく稀にある病院への外出を除けば、あの部屋の窓から見える空と庭だけ。だから俺とあいつが共有できるとするならば、あいつの名前の漢字と同じ、この空だけなのだ。  家族、兄弟、双子。一卵性双生児。  あいつとの関係にはたくさんの名前あるが、そのどれもが近しい関係だと示している。そして並べば確かに、姿かたちの基本は同じ。それでも誰も、俺とあいつを間違えない自信がある。生きている環境も何もかも、こうも違って、似ていないことがあるだろうか。  あの部屋だけで生きている(こう)は、元からだったのかそれ故なのか、俺とは違う、綺麗で優しいものを持っている。時折あいつは、俺の分からないことで小さな笑みをこぼすのだ。  その笑みは言葉をなくすほど優しい。慈しみにくるまれた綺麗な笑み。俺にはない感情。  名家にふさわしい立ち居振る舞い、けれど決して威圧しない柔らかな雰囲気を備え、時には豪胆さを、時には細やかさを発揮する。勉強、運動、芸術は言うまでもない基本。真面目さも明るさも併せ持ち、親しみやすいような、弱みにならない程度の苦手もある。  これが俺の外側を構成する要素であり、いわば世間様用の着ぐるみ。初めは言われるがままだったが、今は自分の意志でこれを保ち、成長させている。これは俺の将来、ひいてはこの家とそれに紐づけられる全ての人のために必要なこと。そうしてきたことには何の後悔もなく、むしろ性にあっていると思う。  それでもたまに、あいつを見ていると自分の感情が迷子になる。これでいいのか、このままでいいのか。良くないと分かっているからこそ思う。  ああまた、こんなことばかりだ。  二度目に出ようとしたため息は飲み込んだが、あげた視線が先生と合い、ちょうど良かったとばかりに問題の解答を求められた。すぐに分かる生徒がいなかったらしい。頭の中で半分聞いていた授業をスライドさせて答えると、さすがだなと書き留めた先生は話を繋げていった。  名門校に勤めるだけあって、授業は分かりやすく教え方は上手い。けれどのめり込むほどの面白さは感じない。  というよりも最近、頭の中をあいつに埋められるのだ。  授業の途中に、友人と話している最中に。雨が降った時、虹がかかった時、夕焼けが広がった時。そういう何でもない時に、ふと思い出す。  それと同時に、これは間違いなく俺にしかありえない感情だと、何度も思い知らさせる。誰もあいつのことを知らないから、思い出すことなどありえない。

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