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第3話 ①

「ちょっといいか」 「――何?」  それから数日の後。俺は初めて、一日三回目となる(こう)の部屋を訪れた。久しぶりに両足を踏み入れる瞬間、ここが神聖な場所に思えて、気づかれないように小さく息を吸った。 「聞きたいことがある」  勉強机の前に置かれた椅子を引いて、ベッドの横につける。座って視線の高さを合わせたが、(こう)の目は初めに合わされたきり、布団に据え置かれたまま。静かな横顔は、これから何が起こるか知っているようでもあった。 「どうしてお前は、ここに閉じ込められてる?」  色々と言葉を考えていた。けれどこいつを前にして、するりを口をついたのは陳腐とも言える台詞。(こう)の目元が、口元がかすかに緩む。 「笑うなよ」 「――まさか」   一瞬、虚をつかれた表情はすぐにしまわれて、嘘が転がり落ちる。そんなもの分かるに決まってるのに、気づかれないとでも思っていたのだろうか。  (こう)は少しだけ間を置いて、静かに一度、深呼吸をした。 「一卵性双生児って、遺伝子配列が同じなんだよね」  何の話だ。思わず眉をひそめてしまったが、そのまま黙って続きを待った。問うたのは俺だ。話は最後まで聞かなければならない。 「九条はいわゆる昔からの名家で、大事にするのは名前と実績。だからその中でトップになる者は、人の何倍もできる人でないといけなくて、そのために何倍も自分を酷使できければいけない」  それは分かっている。何度も言い聞かされてきた。酷使しろ、とはっきり言葉に出されることはなかったが、言われることもやりたいことも全てに手をつけようと思ったら自然とそうなる。それでもきっと今はまだいい方で、学生の身でなくなったら、この比ではないだろう。 「そしてそのトップは、正当な九条の血を引いた者でなくてはならない。どこの馬の骨とも分からない者を家には入れられないから、代を重ねる度に血が濃くなっていく。そういう家系は、何らかの疾患が出る可能性が一般のそれより高い」  こいつは今、何の話をしているだっけ。話を見失いそうになって、俺は必死で頭を働かせた。何を言われるのかと予想はしてきた。でもこれは、たぶんそのどれとも違う。 「偶然にもこの家は、一卵性双生児が生まれやすかったんだ」 「……身代わり」 「ううん、オリジナルとコピーにするんだ」  思わずこぼれた呟きに、(こう)はまさかといった顔で笑う。とんでもない、と言わんばかりの笑顔。 「生まれてから検査をする。後継ぎとして適切だと判断された方はオリジナルとして、そのための教育を受けながら育てられる。もう片方はコピーとして、オリジナルに何かあった時のために保管される」  同じ遺伝子配列を持つから拒絶反応も起こらない。できる限り同じ環境で育てるのは、わずかな誤差もなくすため。人という個体を無視すれば、全く同じものが二つあるに等しい。それはつまり―― 「これ以上ない、自然のクローンだよ」  (こう)が笑った。  ふわりと花が開く。光がさす。 どんな言葉でなら表現できるのか、それでも確かに、その笑みを俺は知っていた。言葉をなくすほど優しくて、慈しみにくるまれた縞麗な笑み。

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