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第3話 ②

 俺のものではない、息が吐かれた音を耳が拾う。やりきったような、満足した息。  ――何で。  こいつは今、何と言ったのか。  おかしいだろ。  言おうとして開かれた口からは、どんな音も出なかった。詰まった喉から呼吸だけが零れて、出損ねた言葉が喉ぼとけを上下させて腑に戻っていく。  思い出した。思い出してしまった。世界が音をなくす。視界が暗くなって、身体が放り出される。  もう手遅れだ。  口を開いた瞬間に、記憶の奥深くに見えたのは病院の一室。  手術をしたことがあるのは知っていた。しかし全くと言っていいほど、その時のことは覚えていない。傷跡も大きくなるにつれて薄くなって、今では探さないと分からない程度。初めから出来が悪かったのだという臓器はその手術で治ったと聞いていたが、正確には改善されたのではない。  (こう)のものと入れ替えられていた。  俺の知らない他にも、あるのかもしれない。そんなのどう考えてもおかしい。同じ人間なのに、同じくして生を受けた双子なのに、片方は原物で片方は複製。俺のためだという何の将来性もない、そんな役割を受け入れて、守って、何で笑えるんだ。  そんなもの今すぐやめてしまえ。ここから逃げても何でもいい、まだ間に合うから放棄しろ。  湧き出たそれら感情には、何の意味もない。  もう既に、俺の身体には(こう)がいる。  その事実がすとんと腑に落ちたとたんに、俺が俺白身の役割を放棄しない限り、(こう)が放棄できる役割などないのだと理解した。  俺が今、九条を手放せるかと問われたら答えはノーだ。この役が俺だけのものではないことは、嫌というほど理解している。そしてこの先、俺が九条世那として生きていくためには、たとえ最後まで何もなかったとしても、こいつが必要なのだ。  そして仮に俺がただの世那として生きていこうとした時、俺とこいつは九条にとっていらないどころか、処分が必須の対象になるだろう。  このまま俺と(こう)が生きていくための選択肢は、今歩いている、この歪みきった道しかない。  それがたとえ、どれだけ間違っていようとも。  だから(こう)も話をしたのだ。それが分かっていたから。それを俺が分かることを、分かっていたから。  なんだよ。  思わず笑いだしそうになった。絶望と希望が入り混じったこれは、一体なんなのだろう。  俺は自然と、視界の端に入った(こう)の手を握っていた。  初めて触れた手は俺とは違って、ひんやりとして、薄かった。予想していなかったのか、(こう)は一拍おいてはっと、手を引こうとした。  それはさせない。痛くないように優しく、けれどほどかれることないように。俺が力を入れると、悟ったのか諦めたのか、腕から力が抜ける。

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