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第3話 ③

「俺の身体って、全部お前でできてるんだな」  (こう)はぽかんとした。  目を丸くして、小さな子どものようなそれは、初めて見る顔。俺の言葉がちゃんと届いているのだと分かって、嬉しくて、少しおかしかった。 「いつだって、(こう)を思い出すんだ」  心も、身体も、その全部で。ずっと一緒にいる。  (こう)が目をひらく。大きくなった瞳の向こうで、俺は自分でも知らない笑顔をしていて、(こう)はそれから泣きそうな顔で笑った。  真っ暗闇の事実を知ったら、こいつの笑みの正体が分かった。それぞれが一方通行だった気持ちが、ようやく互いを見つけられた気がする。今までたくさん、今まさに、見せた笑みは全て俺に宛てられていた。あいつに埋め尽くされるのがおかしいなんてそんなことはなく、それが最も自然だった。  身体も心もとっくに前から、互いに預け合っていたのだ。  じわり、じわりと。温度が(こう)の手に移って、次第に互いの境目をなくしていく。まるでそこで、俺と(こう)が繋がったように。そこからぶわりと、やわらかな世界が広がったように。  それは俺と(こう)を包み込んで、この世界に鮮やかな光をともした。  (こう)はそっと目を伏せた。長く、静かに息を吸って、ゆっくりと吐き出だす。そうっと、覆っていた手のなかで(こう)の手が裏返った。  正面から手のひらが握られる。  初めて、たぶん本当の意味で初めて、視線が出会った。 「世那」  (こう)が綺麗に笑う。 「僕は最初から、ずっと君のものだよ」  忘れないで。いつかなる日が来ても、覚えておいて。  口に出されなかった言葉まで、聞こえた気がした。 「――言われなくても」  そんなこと決まっている。俺は吐いた息で笑ってみせた。  もう一度、手に力を込めて見合って――これで終わりだと、現実に戻るのだと約束を交わす。どちらともなく重なった手を引いて、俺が立ち上がった音が、全てが本当でできた、この魔法の終わりを告げた。  瞬き一つで、俺もこいつも、今朝までと同じ目に戻る。  これは約束だ。二人で生きるための。  「おやすみ」 「おやすみ」  いつもと同じ、ワントーン低い声。返されたのもいつもと同じ、ただただ穏やかな声。  俺は踵を返して、部屋から足を踏み出した。  自室まで戻ってドアを閉めると力が抜けて、俺はドアを背に座り込んだ。身体中がまるで、自分のものではないような感覚。夢のような現実味のない出来事で、でもこれが間違いなく現実だ。  息を吸って、吐いて、震える手を握りしめて、もう一つの約束を自分と交わす。  いつか、この気持ちを言葉にできる日を迎えにいきたい。  そのための今でありたい。これでこの魔法以外の、この先の全てを諦めるなんて、そんなのは嫌だ。まだ高校生でしかない俺には、今はこれが唯一の手段。けれどいつか別の方法を。何を守って何を捨てて、その選択と覚悟ができる、それを実行できるだけの力をつける。あいつがどう思っているのか分からないが俺は決めた。  必ずその日に、(こう)と二人で会いに行く。  その日のための、その日までの約束だ。今まで通りの普通で――俺が嫌って、あいつは何とも思っていない、そういう関係でいること。  繋いだ手が暖かかった。それだけで十分、やっていける。大丈夫、と俺は自分に言い聞かせた。

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