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「どうぞ」
玄関を開けた歩樹が笑みを向けてくる。
「ほら、こっちだよ」
歩樹の住むマンションは、地方都市を出発してから二時間ほどの場所にあり、立派なそれに驚いていると、「親のだから、俺が凄い訳じゃないよ」と苦笑いで告げてきた。
「お邪魔します」
玄関へ足を踏み入れながら、貴司がそう挨拶をすれば「遠慮しないで入っておいで」と柔らかい声が返される。
「とりあえず、ここが俺の寝室。貴司君はこっちの部屋を自由に使ってくれていいから」
「はい、ありがとうございます……すみません」
廊下へ並んだドアのうち、玄関から近い部屋が歩樹の寝室だと言われ、貴司が小さく頷き返すと、隣の部屋を示した彼が「どうぞ」と貴司に手招きをした。客間だというその部屋は、とても綺麗に整っていて貴司はさらに恐縮する。
「気にしないで、自分の家だと思ってくれていいから」
「でも、凄く立派で……お世話になってしまって、本当に申し訳ありません」
「俺がいいって言ってるんだから大丈夫だよ。それより、今度ごめんなさいって言ったら怒るよ」
「え? あ……ごめ……っ」
言われたそばから言いそうになり思わず口を塞いだ貴司を、愉しそうに見つめた歩樹が肩を震わせ、それに釣られて笑みを零すと伸びてきた手に髪をクシャリと撫でられた。
「まあ少しずつ……な。リビングに入ろう、座ったほうがいい」
そう告げてくる彼の笑顔が眩しくて、貴司は僅かに目を眇めてから歩樹の後ろをついていく。
早く一人で生きられるようになりたいと強く思いながらも、今の貴司には歩樹の存在が心の底から有り難かった。
それからの生活は、割と穏やかに推移した。
歩樹の仕事は不規則だったが、完全に休みの日には、口下手な貴司を相手に根気強く話しかけてくれる。一人の時間は彼の持っているDVDを鑑賞したり、ハウスキーパーに頼んでいたという家事を代わりにしたりして、そういう風に過ごす内、新しい環境にも貴司は徐々に馴染んでいった。
役所関係や銀行への手続きは、もう少し回復してから付き添ってくれると言うから、言葉に甘えてしまっているが、早く体力をきちんと付けて、出来るだけ早く出て行かなければならないと思っている。
聖一を……思い出さない日はないけれど、日々の生活をこなすことだけで今は本当に精一杯で、まるで電池が切れたように夜になったら寝てしまうのが、ここに来てから貴司の常となっていた。
「ご馳走様、美味しかった」
箸を置いた歩樹が笑いかけてくる。今日の夕飯は生姜焼で、魚より肉を彼が好むと知ってから、夜勤へ出掛ける前はなるべく肉料理と決めていた。
「いつも似たような物になっちゃって、ごめんなさい」
「そんなことない。今まで外食ばかりだったから本当に美味しいよ」
ここに来てから一ヶ月程が経っていた。食事の用意をするようになって二週間程が過ぎていたが、その間歩樹は一度も作った食事を残したことがない。
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