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その気遣いが嬉しくて、貴司が思わず頬を緩めると、安堵したように微笑んだ彼が息をフゥっと吐き出した。
「大分顔色が良くなった。食は細いけどきちんと食べてるみたいだし……大分慣れた?」
「はい、織間さんには本当に良くしてもらって……ありがとうございます」
「何回も言ってるけど、歩樹って呼んでくれ。折角一緒に住んでるんだ、家族とまでは言わないけど、貴司くんがよそよそしいのが俺は少し悲しいな」
気づいた時には彼は貴司を名前の方で呼んでいた。あまりに自然で気づかなかったが、呼んで欲しいと催促されると気恥ずかしさが先に立つ。
「……努力します」
『家族』という彼の言葉も胸にズシリと響いて来て、控え目な声で返事をすると、歩樹がプッと吹き出した。
「努力って……まあいいや、呼んで貰えるの楽しみにしてるから。あ、そうだ、明日夜勤空けだから、欲しい物とかあったら買ってくるけど」
「特にはないです。DVDもまだ観終わってないから」
「何か他に趣味とかない? ゲームとか、読書とか」
趣味と言われて浮かんだものに貴司は思わず目を見開くが、視線を下へと向けながら「大丈夫です」と返事をする。スケッチブックがチラついたけれど、考えてみれば今はまだ……とてもじゃないけど絵を描けるような心境にはなれなかった。
「そう? 何かあったら遠慮なく言っていいからね。まあ……あと一週間も経てば、一緒に連れて行けると思うから、その時までに考えといてくれてもいいけど」
「はい、ありがとうございます」
返事と共に頷きながら、一定の距離以内には入ってこない彼の気遣いに、貴司は内心感謝する。
本物の『大人』というのは、彼のような人物のことを指すのだろう。
仕事へと向かう彼の背中を見送って、広いリビングのソファーへと座り貴司は一人考える。
――あと一週間、そうしたら……なるべく早くここを出ていかないと。
段々と……居心地が良くなってしまっていることが、どういう訳か貴司はとても怖かった。嬉しいと思う気持ちと共に、逃げたいような気持ちが大きくなってくる。
いつもならすぐに眠れるのに、考え始めてしまったせいか、心の中がソワソワとしてDVDを少し観たあとでベッドへと横になってみても、なかなか上手く寝つけない。
色々なことを考える内、あんな出来事があったのに、眠れていた自分のほうがおかしいとさえ思えてきた。
――セイ。
彼が何を考えて、貴司を凌辱させていたのかは今になっても分からないけれど、ふと思い出す光景は、付き合ってから監禁されてしまうまでの、楽しかった二人の日々で。
――お前は……今、どうしてる?
セックスの時はかなりの負担がかかったけれど、一緒に居られる甘い時間は本当に幸せだった。
『好きだよ……貴司』
甘えたように囁く声が、耳の後ろから聞こえた気がして貴司はひとつ吐息を漏らす。
――俺、なんか……変だ。
逃げ出したのは自分の方で、こんな風に思いを馳せるのが良くないことだと分かっていても、穏やかだった頃の面影が頭の中を巡ってしまい、今までにない出来事に貴司は酷く困惑した。
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