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 ――おかしい。  歩樹がその小さな変化に気が付いたのは、貴司の額へ掌を当てた時だった。僅かな変化を見逃さないで済んだのは、仕事柄も大きいけれど、この一ヶ月それだけ貴司を良く見ていたからだと思う。猫のように警戒心を中々解かない彼だったが、最近になって少しずつだけど慣れてきたように思っていた。部屋から外に出ることのない貴司に何かがあったとすれば、それは彼の内側だと考えるのが妥当だろう。  ――とりあえず、様子を見るか。  連れ出してから一ヶ月。この環境にも丁度慣れてきた頃だ。心の中に余裕が生まれ、色々なことが現実味を帯びてくる時期だろう。  ――こっちから聞いてみても、相談してはくれないだろうし。  長くはない付き合いだが、それくらいは分かっていた。心をなかなか開かない……というよりも、開きかたが分からないと言った方がしっくりくるような気がする。  ――まあ……焦らないことだ。  監禁されていたあの部屋で、貴司に何があったのかまでは聞いてなかった歩樹だが、状況から、かなり酷い目にあっていたことはきっと間違いないだろう。そんな彼を、今まで以上に注意深く見守ろうと心に決め、歩樹は熱いシャワーを浴びた。  それから、貴司は日に日に明るさを取り戻していったが、それとは逆に体のほうが徐々にやつれていくのが分かり、歩樹はいよいよ彼のことが心配でたまらなくなった。 「明日は、休みですか?」  日勤の仕事が終わって真っ直ぐ家へと帰った歩樹が、貴司の作った夕食を、彼と一緒に食べていると、珍しく明日の予定を彼のほうから尋ねてくる。 「ああ、二連休だよ。何か欲しい物があったら買ってくるけど」 「えっと、俺、そろそろ外に出ても大丈夫だと思うんで、歩樹さんさえ良かったら、色々と手続きをするのに付き合って貰いたいって、お願いしたくて」  控え目に、だけどはっきりと自分の意志を告げてくる彼に、予想はしていた事だったけど歩樹は眉間に皺を寄せた。 「もし予定があるなら、場所を教えて貰えたら……俺、一人で行けますから」  表情の変化に都合が悪いと思ったのか、慌てた様子で貴司がそう付け加えてくるけれど、歩樹には特に用事がある訳ではない。 「貴司君、本当に大丈夫? 最近あんまり顔色良くないみたいだけど」  問い掛けに、貴司の肩がピクリと小さく揺れたのを、歩樹は見逃さなかった。 「体力的にはきっともう大丈夫だと思うけど、そろそろ疲れが出る頃だから、とりあえず……明日はちょっと散歩に出ようか? 気分転換にもなるし、手続きは今度の休みに一緒に行こう。貴司君が焦る気持ちも分かるけど、少しずつ、ゆっくり……ね」  動揺する貴司の様子に敢えて気づかぬフリをして、歩樹はなるべく優しい顔で貴司の顔をじっと見る。暫しの間、考えるような素振りをしていた貴司だけれど、俯いていた顔を上げた時には焦りの色は消えていて、薄い笑みを浮かべながら、「そうですね……お願いします」と、深く頭を下げてきた。  その表情に、歩樹はなぜか違和感を覚える。何かが心に引っかかるけれど、儚げに見える貴司の中へと入り込んでいくことに、どうしても歩樹は慎重になる。  ――少しずつ……だ。  そう自分へと言い聞かせ、それ以降は極力普通に貴司と会話を交わしながらも、明日、散歩中にでも彼の心に近づきたいと歩樹は内心思っていた。  よもや、その日の深夜に状況が変わることなんて、予測すらできなかったから。

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