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微かな呻きを聞いたのは、真夜中過ぎ、貴司がきちんと眠れているのか確認するため、部屋の扉をそっと開いた時だった。
覗くような真似をするのは本意ではなかったが、本人に尋ねてみても『大丈夫』としか言わないことは分かっている。もし様子を伺って、眠れているならそれでいい。しかしそうじゃないなら、何らかの対策を講じなければならないと考えての行動だった。
「……っ?」
聞こえてきた小さな呻きに、十五センチ程開いたドアから歩樹がそっと覗いて見ると、中は真っ暗闇ではなく、オレンジ色の微かな灯りが部屋をうっすらと照らしている。
――うなされて……いるのか?
今の角度ではベッドの上まで窺い知ることができない。そう思った歩樹は指先に力を込め、そっとドアを開いていった。
「ん……んぅぅ」
「っ!」
途端、見えてきた光景は、歩樹の描いた想像とはかなりかけ離れていて―。
ベッド上、寝衣の前をはだけさせ、下は脱いだ状態で、布団も被らず自慰に耽る貴司の姿を目の当たりにし、歩樹は一瞬自分の目を疑った。
「んっ……うぅ……」
声を殺すためなのか? タオルを含んだ唇からはぐぐもった声が漏れだして、それがそのまま歩樹の耳へと入ってくる。
――これは……。
見ないほうが良かったようだと判断を下した歩樹が、そのままドアを閉めようと、手に力を込め引こうとした時、タイミング悪く首を動かした貴司の顔がこちらへ向いて、正面から真っ直ぐ視線がぶつかってしまった。
「あ……」
思わず漏れた驚愕の声に、薄灯りの中、貴司の身体がビクリと震えたのが分かる。
マズイ状況だと思った。
このまま、ドアを閉めるのがこの場合、一番いいと瞬間的に考えたけれど、行動に移すより速く貴司の口からタオルが落ち、ほの暗い灯りの中でその唇が微かに動く。
「……けて……」
聞こえてきたのはそれだけだったが、彼が『助けて』と言っているのが歩樹には分かった。このままここにいることも、今更ドアを閉めることも、出来なくなってしまった歩樹は、素早く頭を切り替えると、覚悟を決めて部屋へと脚を踏み入れた。
「大丈夫か?」
ベッド脇へと近寄ったところで、動揺を見せないようになるべく静かに声をかけると、焦点の定まらない艶を纏った貴司の瞳が歩樹のほうへと向けられる。
「……たす……けて」
勃起しているペニスを掴み、切な気な声でそう告げてくる貴司に内心ドキリとしつつ、さりげなく歩樹は彼へとシーツを被せた。
「貴司君?」
「……あつ…い……イケない」
黒目がちな瞳を潤ませ自慰へと耽っている彼が、歩樹のことをきちんと認識しているようにはとても見えない。
「息を吐いて。大丈夫だから、ゆっくり……」
その様子に、これは普通の状態じゃないとはっきり認識した歩樹は、なんとか彼を落ち着かせようと耳元へそう告げてみるが、首を振った彼は何度も「どうして?」と、うわ言のように呟くだけ。
「……うしろ……欲しい……おねが……い」
〝挿れて〟と薄い唇が動いたのを、見てしまった歩樹は思わず軽い眩暈を覚えてしまう。
「貴司君。キミは……」
一体……彼に何があったのか? 初めて見るあられもない貴司の姿は妖艶で、普段の彼の姿からは想像も出来ないほどに淫らな彩を放っている。冷静に対応しなければならないことは分かっていても、その媚態は歩樹の心に欲情を巻き起こした。
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