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「図星かな? 貴司君は分かりやすいよ。素直とはちょっと違うような気がするけど、君が逃げ出したいって気持ちも分かる。けど、もうちょっと踏ん張って、俺に頼る努力をしてみてくれないか? 君に必要なのはきっと、そういうことだと思うから。もちろん、俺のことが嫌じゃなかったらの話だけど」 「嫌いなんかじゃ……」 「ならよかった。難しく考えないで、とりあえず話すことから始めよう。それでいいかな?」  真っ直ぐな視線を受ければ、貴司にはもう否と答えることができなくなってしまう。  聖一から逃げてきて、ここでまた、歩樹からも逃げだしてしまったら、きっと今よりずっと情けない気持ちに支配されそうだ。 「努力……したいって思います。酷い姿を見せてしまって、それなのに、気を使って貰って……本当にすみません」  だから今、口にできる精一杯の言葉を使ってそう伝えると、歩樹の笑みが深みを増し、髪の毛に触れていた指先が頭を強く撫でてくる。 「もう謝らなくていいよ。とりあえず、貴司君がこっちを向いてくれて良かった」  ホッとしたような彼の声音に、僅かな安堵を感じた貴司は軽く息を吐き出して、「ありがとう…ございます」と、目の前にいる歩樹へ向けて小さな声で囁いた。  それからの日常は、緩やかに変化した。  歩樹のシフトに合わせて二人で散歩をしながら話したり、食事の準備を一緒にしたり。  あんな姿を見られたしまった後だから、最初の頃はどうしてもギクシャクしてしまったが、接するうちに少しずつだけれど歩樹の側にも慣れてきた。取り留めのない会話の中で、今まで誰にも話さなかった、自分自身の生い立ちについてまでも気づけば話していて。 『頑張ったね』と歩樹に言われた時にさえ、同情されているとは思ったが、嫌な気持ちにはならなかった。 『まずは俺と、友達になろう』  そう告げて来た歩樹が最初に提案したのは呼び方で、お互い敬称抜きでと言われて貴司はかなり戸惑った。だけど、『こういうことは、まずは形から入ったほうがいいんだよ』と、半ば言い包められるように彼の言葉に従って……それからもう一ヶ月程が過ぎ去ろうとしている。  その間に、貴司の心も大分落ち着きを取り戻した。近場のスーパーなどには一人で買い物に行けるようになったし、下ろせるようになった貯金を歩樹に幾らか入れることで、後ろめたいような気持ちも幾分楽になっていた。  もう少ししたら仕事を探して以前のように暮らしたい……と、ささやかだけれど前向きな夢を持ちはじめていたのだが、ふとした瞬間聖一のことが頭の隅を掠めてしまう。 『大抵のことは時間が解決してくれる』  少しだけ、聖一のことを歩樹に話してしまった時、いつになく真剣な顔で彼はそう告げてきた。

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