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 季節は巡る。  居心地のいい空間と、居心地のいい距離感。その二つに、貴司の動きは知らず知らずに鈍ってしまい、冬が去り、暖かい風が吹き抜けていく四月の半ば、貴司はまだ歩樹の元から去れずに一緒に暮らしていた。 「何を描いてるの?」  ベランダで、スケッチブックを開く貴司へと、耳に馴染んだ柔らかい声が掛けられる。 「空を……描いてます」 「へぇ、ちょっと見せて」  声と同時に歩樹の掌が両肩へと載せられて、頭の上には顎が乗せられ貴司は内心ドキリとした。 「綺麗だね。青だけじゃないんだ」 「空にもいろんな色があるような気がするから」 「そうなんだ。邪魔してごめん、描いてていいよ」  謝罪しながらも離れていかない歩樹に何も言えないまま、貴司は一つ頷き返すと、絵の続きを描きはじめる。  ――近い?  最近になって気づいたが、歩樹との距離は元々こんなに近いものだっただろうか?  変に意識しないよう勤めて普通にしているけれど、最近特にスキンシップが多くなってきた気がする。一人で眠れるようになったし、体も元気になったから、早く仕事を探したいけれど、歩樹は中々それを許してはくれなくて……主夫のような仕事の合間に絵を描いて過ごしているが、貴司は最近居心地の良さに疑問を感じるようになった。 『貴司は今まで頑張り過ぎだ。だから、ゆっくり休んでいいんだよ』  さまざまな会話を交わす中で、歩樹から言われた言葉。  もっと頼れと言われるけど、充分過ぎるほどに彼を頼ってしまっていると思う。このままでは、彼がいなければ生きていけなくなりそうだと考えながらも、優しい歩樹に依存して、ずっとこのまま暮らしたいような気持ちになるときもあった。  ――まるで、子供だ。 「何を考えてる?」  筆が止まってしまったことを不思議に思ってしまったのだろう。歩樹がそう尋ねてくるが、何と答えていいのか頭に浮かんではこなかった。 「何も……考えてないです」 「貴司はいつもそう答えるね。俺には何か溜め込んでるように見えるけど」 『貴司はいつも〝何にも〟だね』  歩樹の放った言葉と同時に頭の中へと声が響く。 「あ……」  思わず小さく声を上げれば、「どうした?」と、優しい声が掛かるけど。 「いえ、なんでもないです」  どうにかそれだけ答えた声も、筆を握ったままの掌も、気づけは僅かに震えていて……貴司がマズイと思った瞬間、後ろから伸びてきた長い腕に体ごと包まれた。 「……っ!」  突然の出来事に、状況が上手く掴めない。そのまま、身動き出来ないほどの力で背後から抱き締められたから、驚きに貴司は大きくその瞳を見開いた。

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