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「なあ貴司、俺じゃ駄目?」
「え?」
「貴司の中に〝セイ〟が居ることは分かってる。忘れたいと思ってることも。今はそれでもいい、とりあえずでいいから、俺を好きになる努力をしてみてくれないか?」
「ア……ユ?」
耳に唇が触れるくらい、近い場所から声が響く。彼の言葉の意味するところは幾ら貴司が鈍感でも、分からない筈もなく。
「貴司が好きだ」
決定的なひと言に、息が止まるほど驚いた。
「本当は、忘れるまで待とうって思った。貴司にとって、〝セイ〟はまだ特別みたいだから」
「どうして?」
「どうしてかな。やっぱり理由が必要? だったら、貴司が彼を忘れられないのはなぜ?」
「それは……」
歩樹の問いに答えられない。
聖一の事を思い出すと、切ない気持ちが満ちてくる。一緒にいては彼のためにならないと思って切り捨てたのに、女々しいとは思うけれど、消し去ることができなくて。
「俺を、利用すればいい」
囁かれるのは甘い言葉。
「貴司が望んでくれたら、彼のこと、忘れさせてあげられるよ」
言いながら、彼の唇が耳朶を軽く噛んでくる。
「何も考えないで、貴司はただ、頷いてくれたらいい」
顎を指で掬われて、抵抗しようと思った時には既に唇が塞がれていた。
「んっ……んぅ……」
――こんなの……違う。
生まれて初めて友達になろうと言ってくれた存在だった。もし兄弟がいたとしたら、こんな感じかもしれないと、そんな風に考えていた自分のことが愚かしい。向けられた想いを簡単には拒絶できないほどに歩樹を慕っているが、それは恋や愛と呼ばれる情ではない。
歩樹を利用するなんてことは、絶対にしちゃいけないと……心の中ではそう思いながら、彼からのキスを甘受したのは、貴司の中に大きなブレがあったから。
自分のことを包んでくれた彼に嫌われたくはなかった。初めて心を開きかけた相手だからこそそう思った。
――アユ……俺はどうしたら……。
傷つけずに上手くやれる?
優しいキスに身を任せながら、貴司は必死に考えるけれど答えは全く見えて来ない。
――そんなの、分からない……。
全部から逃げて、自分を守って、そうやって生きて来たから。
疎まれたくない。
傷つけたくない。
誰の迷惑にもなりたくない。
いつもそう思っているのに、結局は人に迷惑ばかり掛けている。
――俺は、どうして。
間違えてばかりいるのだろう。向き合おうと思ってみても、行動が伴わない。愛される資格など、持ち合わせてはいないのに――。
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