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    *** 「……ユ」  口から漏れた掠れた声に、貴司は確かな違和感を覚えた。 「貴司?」 それに答える低い声には柔らかさの欠片もない。  ――な……に?  キスをしていた筈だったのに、まさか自分は途中で眠ってしまったのか? 視界がぼやけて良く見えない。 「アユ?」  もう一度、今度ははっきり彼の名前を呼んでみるけれど返事はなく、次の瞬間、貴司の体は声も出ないほど強い衝撃に襲われた。 「ヒッ!」  首をいきなり締められて、思わず目を大きく開くと、そこに居たのは歩樹ではなく、表情のない聖一で。  ――どう……して?  本当に意味が分からない。たった今まで歩樹の家で彼にキスをされていた。感触だって唇へと残されている気がするのに。 「許さない」  久々に見る聖一は、どこかやつれて見えるけれど、声も出せない苦しみの中で、良く見る余裕は貴司にない。  ――くるし……止め……。  貴司は必死に手を動かして、聖一の腕を掴むけど、抵抗は通用せずに逆に力が強まった。 「っ―!」  酸素が足りなくなった体がピクリピクリと痙攣しはじめ、開いた口の口角からは、飲めない唾液が垂れ落ちる。  ――死ぬ……のか?  目の前が白く霞みはじめて、貴司の頭にそんな言葉がぼんやり浮かんできた刹那。 「殺さないよ」  聞こえてきた声と同時に今度は手が離されて、貴司はゴホゴホと咳込んだ。 「……な…ん……」  肺が痛い。何回も咳をするうち呼吸はようやく落ち着いたけれど、まだ状況が分からなくて貴司は声を絞り出す。それは、自分の物とは思えないほどに掠れて小さな声だったが、目の前に居る聖一にはきちんと届いたようだった。 「貴司が、アイツの名前……呼ぶからだよ」  聞きたいことと違う答えに貴司は小さく首を振る。頭の中が混乱して、どう尋ねればいいのかさえ、分からなくなってしまっていた。 「もしかして、長いこと眠ってたから、分からなくなっちゃった?」  ――眠ってた? 俺が? 「そう、三日前……トイレに行って戻って来たと思ったら、そのまま倒れた」  声にならない疑問を読み取りそう告げてきた聖一は、眉根を僅かに寄せた表情で貴司の額へ触れてくる。 「酷い熱だったのに、気づいてあげられなくてごめん」  先ほど首を締めてきたとは思えないくらい優しい仕種で、髪を梳いてくる聖一の指が貴司は怖くて堪らない。 「まだ体が辛そうだね。何か飲む物持ってくるから、動かないでじっとしてて」  体の震えを感じ取ったのか常になく柔らかい口調で、そう告げて来た聖一の手がゆっくりと離れていく。パタリと閉まったドアを見てから淡い緑の天井へと、視線を移した貴司の脳裏に徐々に現実が戻ってきた。  ――あれが……夢?  あれが長い夢だったなんて信じられない気持ちだが、今が夢だと考えるには体の具合が悪すぎる。節々が鈍い痛みを覚え、喉の奥が痛痒い。視界の隅へと映り込んできた見慣れぬ物へ視線を移すと、点滴袋がぶら下がり、伸びたチューブが自分の右手の甲の部分へと繋がっていた。

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