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「……ユ」
口から漏れた掠れた声に、貴司は確かな違和感を覚えた。
「貴司?」
それに答える低い声には柔らかさの欠片もない。
――な……に?
キスをしていた筈だったのに、まさか自分は途中で眠ってしまったのか? 視界がぼやけて良く見えない。
「アユ?」
もう一度、今度ははっきり彼の名前を呼んでみるけれど返事はなく、次の瞬間、貴司の体は声も出ないほど強い衝撃に襲われた。
「ヒッ!」
首をいきなり締められて、思わず目を大きく開くと、そこに居たのは歩樹ではなく、表情のない聖一で。
――どう……して?
本当に意味が分からない。たった今まで歩樹の家で彼にキスをされていた。感触だって唇へと残されている気がするのに。
「許さない」
久々に見る聖一は、どこかやつれて見えるけれど、声も出せない苦しみの中で、良く見る余裕は貴司にない。
――くるし……止め……。
貴司は必死に手を動かして、聖一の腕を掴むけど、抵抗は通用せずに逆に力が強まった。
「っ―!」
酸素が足りなくなった体がピクリピクリと痙攣しはじめ、開いた口の口角からは、飲めない唾液が垂れ落ちる。
――死ぬ……のか?
目の前が白く霞みはじめて、貴司の頭にそんな言葉がぼんやり浮かんできた刹那。
「殺さないよ」
聞こえてきた声と同時に今度は手が離されて、貴司はゴホゴホと咳込んだ。
「……な…ん……」
肺が痛い。何回も咳をするうち呼吸はようやく落ち着いたけれど、まだ状況が分からなくて貴司は声を絞り出す。それは、自分の物とは思えないほどに掠れて小さな声だったが、目の前に居る聖一にはきちんと届いたようだった。
「貴司が、アイツの名前……呼ぶからだよ」
聞きたいことと違う答えに貴司は小さく首を振る。頭の中が混乱して、どう尋ねればいいのかさえ、分からなくなってしまっていた。
「もしかして、長いこと眠ってたから、分からなくなっちゃった?」
――眠ってた? 俺が?
「そう、三日前……トイレに行って戻って来たと思ったら、そのまま倒れた」
声にならない疑問を読み取りそう告げてきた聖一は、眉根を僅かに寄せた表情で貴司の額へ触れてくる。
「酷い熱だったのに、気づいてあげられなくてごめん」
先ほど首を締めてきたとは思えないくらい優しい仕種で、髪を梳いてくる聖一の指が貴司は怖くて堪らない。
「まだ体が辛そうだね。何か飲む物持ってくるから、動かないでじっとしてて」
体の震えを感じ取ったのか常になく柔らかい口調で、そう告げて来た聖一の手がゆっくりと離れていく。パタリと閉まったドアを見てから淡い緑の天井へと、視線を移した貴司の脳裏に徐々に現実が戻ってきた。
――あれが……夢?
あれが長い夢だったなんて信じられない気持ちだが、今が夢だと考えるには体の具合が悪すぎる。節々が鈍い痛みを覚え、喉の奥が痛痒い。視界の隅へと映り込んできた見慣れぬ物へ視線を移すと、点滴袋がぶら下がり、伸びたチューブが自分の右手の甲の部分へと繋がっていた。
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