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――本当に、寝てたんだ。
夢というにはあまりにリアルで境界線が曖昧だ。だけど、歩樹との記憶の中で、一番思い出すのが辛い場面でプツリと切れたのだから、あれはやっぱり夢だったのだとぼんやり貴司は考えた。
そして、記憶が途絶えてしまったのは、トイレで色々考えたあとというところまで思い出し、貴司は自分の不甲斐なさに唇を噛み締める。
――向き合わなければ、ならないのに……。
体が弱ったせいなのか?
首を締められた恐怖からか?
あんなに強い決意をしたのに、いざとなると色々なものが貴司の動く邪魔をする。
――だけど……今度こそ。
間違えを繰り返さぬよう、聖一を止めねばならない。
――でも、どうやって?
聞く耳を持たない彼が、どうすれば分かってくれるのか考え込む貴司の耳へと、カチャリとドアの音が聞こえ……反射的に視線を向けると聖一と、もう一人誰か知らない人が入ってきた。
「……?」
再び彼に囚われてから、他人の姿を目にしたのは初めてだ。少し体を硬くすると、薄い笑みを浮かべた聖一が、「大丈夫、医者だから」と、歩み寄りながら告げてきた。
「本当は……貴司のこと、誰にも見せたくなかったんだけどね」
少し困ったような表情で、倒れたから仕方なく呼んだのだと言われても、今の貴司に返せる言葉は何もない。ただ、美しい彼の微笑みに、背筋がヒヤリと冷たくなった。
「先生、いいよ」
医者と呼ばれた男性は、聖一の指示に「はい」と一言答えると、手際良く、至って事務的な動作で貴司を診察する。
年配で、スーツを着ているその姿は、医師というよりどこかの会社の重役といった風情だが、馴れた手つきに彼が本物の医師なのだと認識すると、貴司の中の緊張は少しだけ和らいだ。
「彼を起こして、前を開かせて貰ってもいいですか?」
脈をとり、点滴の管を貴司の手から外した医師は、鞄の中から聴診器を出し聖一に向けてそう告げる。
「俺、自分で……っ!」
それ位は自分で出来ると言いかけて、重大なことを思い出した貴司は息を飲み込んだ。
「了解」
医師へと向け、諾と答える聖一の声に思わず体を強張らせる。
「それは、駄目……だ」
――前を開いたらあれを……見られる。
それだけは避けたい貴司は瞬時に体を丸めるけれど、それを許さない強い力で布団がバサリと取り払われた。
「……っ!」
覆う物を失って、ビクリと体を揺らした貴司が、それでも彼等に背を向けながら膝を抱える体勢をとると、クスリと聞こえた笑いと同時に至近距離から聖一の声が聞こえてくる。
「大丈夫だよ。倒れてる間に、もう見られちゃってるから」
だから体の力を抜けと聖一が告げて来るけれど、だからといって「はい」と答えることなんてできやしない。
「ねえ、貴司」
「嫌だ」
「……仕方ないな」
聖一の放った言葉に、諦めてくれたのかもしれないとも思ったが、そう思わせて油断する都度酷い目に合っている。だから、今度こそは騙されないと体を硬く強張らせ、瞳を閉じて震えていると、ミシリとベッドが軋む音がして、突然貴司の細い手首が強い力で掴まれた。
「痛っ! やめっ……」
そのまま後ろに腕を引かれ、痛みに瞳を見開くと、聖一の顔が逆さまに映りその背後には天井が見える。
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