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『何て顔……してるんだ』  唐突に、歩樹の声が脳内に響く。  あの日……唇を重ねた後、泣きそうになった貴司の頬をあやすように撫でながら、寂し気に笑った顔が鮮明に思い浮かぶ。 『ごめん、止められなかった。貴司は、本当に彼が好きなんだね。逃げても忘れられないほどに。でも、俺が貴司を好きだってこともできれば覚えていて欲しい』  真摯に伝えられた言葉。それにコクリと頷いたのに、怖くなって逃げてしまった弱くて卑怯で情けない自分。 「考え事? 余裕だね」 「いぅっ!」  どうして分かってしまうのか? 耳へと舌を捩じ込まれ、更に深くペニスで穿たれ、貴司は細い首を反らせて掠れたような喘ぎを漏らす。律動はどんどんと激しいものになっていき、快楽に飲まれ貴司の体は何度も空で達したけれど、懇願しそうになる自分を何とか抑えて我慢する内、頭の中へと霞みがかかり、意識が混沌としてきた。 『人の考えを変えることなんてそう簡単には出来ないよ。色んな人が居て、それぞれ自分が正しいと思って生きてるからね。でも、どうしても分かり合いたい相手なら、逆に俺が理解しようって考えるかもしれない。自分のそれを変えることだったら、難しいけど努力すれば出来るかもしれないだろう?』  それは確か散歩の時。自分の気持ちを相手が分かってくれなかったら、歩樹ならどうするかと尋ねた時に返された言葉。 『変われるものでしょうか?』 『変われる筈がないって心のどこかで思ってたら、きっと変われない。変わりたいって思えた時、きっと人は少しずつ成長するんじゃないのかな。なんて、俺の持論だけど……貴司は、誰を理解したいの?』  その問い掛けに浮かんできたのは聖一の顔だったけれど、向かい合うのが怖くなって、かなり不自然に話を逸らし、その時は……心に蓋をしてしまった貴司だけれど。 「俺は、貴司しか……必要じゃないっ」  聖一にしては珍しく、吐き捨てるような荒い声音に、ゆっくりと顔を後ろへ向ければ、その表情を見るよりも早く唇へと咬みつかれてしまった。 「んぅっ……ふっ……」  いつになく乱暴なそれに、薄れかけていた意識が一気に現実へと引き戻される。  ――な……に?  余裕のない、貪るようなキスはいつものそれとは違い、酸素不足に喘いだ貴司は肩で呼吸を繰り返すけど、揺さぶられている体もとっくに限界を超えてしまっていた。だがそんな中、さっき聖一の放った言葉が頭を巡り、悲痛に響いたその声音に……胸がギュッと締めつけられる。  ――セイ。  薄く開いた瞼の向こうに見える聖一の綺麗な瞳が、深い闇を纏ってこちらを真っ直ぐに見つめてくる。 「んっ……ふぅ」  串刺しのように貫かれ、快楽に上手く回っていかない頭の中で、やっぱり彼を理解したいと貴司は思いはじめていた。無理と決めつけていたけれど、眉間に僅かな皺を刻み、少し苦しげな表情の彼を瞳の中に映すうち、言いようのない気持ちになって目の奥のほうがツンとしてくる。  変わらなければならないと、長い間思っていた。だけど、貴司が起こした行動は、いつも逃げてばかりだった。そこから逃げてばかりいるのが変わることではないのだと、今ここにきて本当の意味で貴司はようやく理解する。

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