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 一度は彼を受け入れたのに、心を知ろうとしなかった。  聖一が……離れていくのが怖くなって、自分のほうから逃げ出した。  人を好きになったことも、人に好きだと言われたことも、それまで一度もなかったから、本能的に怯えていた。  だから、歩樹からも逃げ出した。  唇を塞がれた上に苦しい姿勢を強いられて、呼吸する事も儘ならないのに貴司の思考は徐々にクリアになっていく。久しぶりに見た聖一の、人間らしいその表情に心が大きく揺さぶられ……歩樹との触れ合いの中で得たものは、凄く大切なものだったのだとこの時貴司は実感した。  ――まだ、間に合うだろうか?  例え彼の行動が、一時的な執着としても拒絶するだけじゃ始まらない。分かって貰えないことをただ嘆いているばかりじゃなく、少しでも、聖一のことを理解したい。彼を歪めた原因が自分だというのなら、気の済むまで一緒にいようと貴司は強く決意する。  歩樹が言っていた〝向かい合う〟という言葉の意味が、少しだけ分かったような気がした。  ――今度こそ……。  意を決し、掴んでいたポールから、片方の手を離した途端、不安定に体が傾き激痛が胸の尖りを襲う。 「ぐっ……ううっ!」  思わず噛みつきそうになった歯を寸でのところで堪えると、抵抗だと思ったのか、聖一の舌が口から出ていき下唇へと噛みつかれた。 「いっ! ……ああっ!」  更に後孔を強くえぐられ、目の前が白くなる。戒められたペニスはずっと解放を求め震えているが、そんなことよりも今の貴司にはしなければならないことがあった。 「まだ逆らうの?」  先ほど見せた苦しげな色は既になく、いつものように口角を上げた聖一がそう尋ねてくる。  その表情は悪魔のように美しく、だから、いつも貴司の心は竦んでしまうのだけれど。 「セ……イ」  苦しくて、それ以上は声に出すことができなかった。だから、足りない言葉を補うように彼の方へと指を伸ばし、その髪の毛を優しく撫で、貴司はそっと薄い唇へとキスをする。自分から触れたいと、そう思っての行為だったが、キスをしたのは貴司の中からわき上がった衝動だった。 「何の……つもり?」  触れるだけの拙いそれに、聖一は目を僅かに眇めて低い声音で尋ねてくる。なんとかそれに答えようとして、口を開いた貴司だけれど、息が声へと変わる前に、ポールを掴んでいた掌が突然力を失った。 「……くぅっ!」  襲った激痛に声も出せず、貴司の体が痙攣する。繋がれていた胸の尖りが千切れなくて済んだのは、ペニスの根本を戒めていた聖一の手が、素早く動いて胸をしっかり支えたからで、あまりのことに勃っていた筈の貴司のペニスは一気に萎えた。 「うぅ……」 「……」  震える貴司を支えながらも細い鎖を無言で外し、貫いたままの細い体を風呂場の床へと押し付けると、俯せにクタリと倒れた貴司の腰をガシリと掴み、聖一が獣の体位で再びアナルを犯し始める。 「……う……うぅ……」  力のない呻きしか、貴司にはもう出せなかった。まるで、持て余す心をぶつけるような聖一からの打ちつけに、疲れ果てた貴司はもう、なすが侭に揺さぶられるしかできない。  そして暫しの後、ペニスが抜かれて生温かさを背中に感じた。

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