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その造られた表情の奥で考えていることは分からない。だけど、彼がこちらを見ている今が、チャンスなのではないかと思った貴司はコクリと唾を飲み込むと、勇気を出して口を開いた。
「セイ……頼みがある」
瞳を真っ直ぐ見つめながら、なるべくはっきりそう伝えると、彼の唇から笑みが消える。
「頼み?」
「ああ、俺に食事を作らせて欲しい。テイクアウトは味が濃いし、セイは料理が苦手だろう?」
自分で作った物ならきっと、今よりは食べられる。そう続けると、貴司の言葉が想像とは違っていたのか、聖一がこちらを見たまま少しの間黙り込んだ。
「セイ……」
「ダメ。貴司に刃物は渡せない。薄味がいいんだったらこれからはそうさせるよ」
予測していた返事だったが、包丁で聖一を脅そうなんて思ってない。だけど、そう伝えてみたところで、きっと信じては貰えないだろう。
「……部屋を出たいって願いの他は、なんでも聞くって言ったろう?」
少し狡いとは思ったけれど、かなり昔に聖一が言った言葉を出して言い募ると、彼の両手が一旦離れて隣に腰を下ろしてきた。パジャマの前を急いで閉める。
「確かに言ったね。でも、どういうつもり?」
「別に……ただ、テイクアウトに飽きただけだ」
「へぇ……それだけ?」
今度は覆い被さる形で探るように聞いてくる。貴司が「そうだ」と言葉を返すと、暫しの間黙った彼が唇へと触れてきた。
「いいよ。俺が見てる時だけなら……俺も貴司の作ったご飯食べたいし」
「いいのか?」
あまりにあっさりした返答に貴司が驚き尋ね返すと、口元だけで笑った聖一が指で唇を割り開く。
「俺がなんでも聞くって言ったんからしょうがないよね。でも、変なこと考えたら、今度はベッドに縛り付けるから」
物騒な言葉を紡ぐ彼の本音はやはり見えない。だけど、初めて自分の願いをきちんと聞いて貰えたそのことに、胸の中がほんの少しだけ温かくなった……そんな気がした。
「ん……」
だから、聖一の指に遮られ、言葉にできない自分の気持ちが伝わるように、貴司はペロリと彼の指へと舌を這わせる。
「……貴司?」
驚いたというよりは、呆気に取られたような表情。無防備な顔を垣間見せたのはどれくらい振りだろう? 貴司が大学生の頃にはよく見たような気がするが、付き合うようになってからは殆ど見せてくれなくなった。
「何のつもり?」
「うぅっ……」
聖一の顔を瞳に映し、そんなことを考えていると、すぐに表情を消した聖一が探るように聞いてくる。
「疲れてるって言ったけど、ホントは俺を誘ってる?」
「違う。俺はただ……ありがとうって言いたくて」
「へえ……お礼をしてくれてたの? だったら……」
またいつもの作った笑みで貴司の頬へと触れてくる。こんな時の聖一はいつもろくなことを言いださないと、分かっているから貴司は体を無意識の内に硬くした。
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