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「キスしてよ」 「……え?」 「貴司からキスをしてって言ってる。ちゃんとしたやつを、心を込めて……できる?」  からかうように口を歪めてそう告げてくる聖一に、意味をようやく理解してから貴司の頬が熱くなる。 「……キス?」  思わず出た掠れた声に、彼がゆっくりと頷いた。自分からキスをしたことなど数えるほどしかないけれど、尋ねてきた彼の声音がほんの少し、勘違いかもしれないけれど、緊張しているみたいに響く。その途端、胸を擽るような疼きが心の中へと湧きだして、無言のまま両手を伸ばし彼の頬へとそっと触れると、貴司は身体を少し起こして聖一の口へキスをした。 「ん……」  緊張に心臓が鳴る。最初は軽く触れるだけ、だけど、それだけではきっと許して貰えないと分かっているから、今度は自分の舌を使って彼の唇をチロチロと舐める。それから、閉じた唇を開かせようと隙間へ舌を差し込むと、まるでそれを待っていたように、一瞬にして主導権が聖一に奪われた。 「んっ……んぅっ!」  腕の中、激しいキスに悶える貴司の薄い胸へと指を這わせると、痛いのか、眉間に僅かな皺を寄せながら身体をビクリとしならせる。思ったよりも深いその傷は、貴司が無理な行動をしたからできてしまったものだけど、あの瞬間を思い出すたび聖一の胸は鈍く痛んだ。  愛しくて、自分一人の物にしたいと強く思った。  ようやく手に入れることができたのに、どういう訳か満たされないから、聖一は貴司の身体を貪るように抱き続ける。  そんな事をしてみたところで、彼の気持ちが自分に向くことはないと内心分かっていた。今までの状況をどう振り返ってみたところで、貴司が自分を好きになるような要素はまるで見当たらない。  弟とみたいと言われ続け、約束したのに会いには来てくれなかった。  それでも欲しいと思ったから、弱みに付け込み手に入れた。逃げられる度に掴まえて、枷を嵌め、閉じ込めてもなお満足できない。こんなのは、今までにないことだった。  貴司の気持ちを分析するのも簡単だと思っていたが、風呂で起こった出来事以来、僅かな迷いが生じている。逃げ出したいと思っているのは間違ないと思うけれど、果たして貴司はその為だけに、あんな芝居をしたのだろうか?  ――今も……。  急に食事を作りたいなんて、どう考えても不自然だ。何か裏があるのだと考えるのが妥当ろう。そうやって、頭の中では既に結論が出ているのだが、心の中に引っ掛かるのは、最近になって垣間見せる貴司の仕種や表情だった。 「ん……ふぅっ!」  苦しげな声が鼓膜を揺らす。それと同時に胸の辺りをドンドンと強く叩かれて、聖一は、そこでようやく意識をはっきり今へと向けた。考えに耽っているうち少し激しくし過ぎたらしい。  唇を離してやると、酸欠に陥ったのか貴司は僅かに眉を寄せ、その顔は……血が上ったのか薄紅色に染まっていた。 「……お前、何……考えて……」  荒い息を繰り返しながらも貴司が非難の声を上げるが、それに答える言葉といえば、ずっと前から一つしかない。 「だからさ、貴司のことしか考えてないって……いつも言ってるよね?」 「またそうやって……」  誤魔化していると貴司は言うが、そんなつもりは少しもない。本当のことを言っているし、こんなにも強く求めている。無理矢理に、体だけでも繋ぎ留めておきたいほどに。

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