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痛む身体へと鞭を打ち、立ち上がろうと試みたところで、貴司はある異変に気付いた。
「あ……」
パジャマが取り替えられていて、身体も綺麗にされている。気を失ってしまった時には大抵処理をしてくれるが、ズボンを履いていたことはないから驚いて、貴司は思わず聖一を見た。
「何?」
「いや……あの……ありがとう」
この場合、礼を言うのが正しいとは思えない。悪いのは聖一で、自分に非はないとも思う。それでも、例えこれが気紛れだったとしても貴司には有り難かった。
「貴司ってホント……お人よしだよね。だから……」
「え?」
ため息混じりの彼の呟きは語尾の部分が聞き取れず、貴司は思わず聞き返したけどそれには答えて貰えない。
「なんでもないよ」
抑揚なくそれだけ言うと、聖一は床へ腕を伸ばし、貴司の足を繋ぐ鎖を掴んでゆっくり持ち上げた。
「長さが少し足りないから、料理の間は外してあげる……足、ここに置いて」
「あ……うん」
示されたのは彼の膝。動揺を隠せないまま貴司が足をそこへ乗せると、聖一がポケットから小さな鍵を取り出した。
「逃げようなんて考えないでね。まあ、その身体じゃ無理だろうけど」
カチャリと鍵の外れる音。確かに今の状態では、玄関まで辿り着けずに捕まってしまうだろうが、今の貴司は逃げ出したいと思ってはいなかった。
だから「逃げない」と返事をするが、「どうだか」と、間髪入れずに返される。
これ以上何か言ったところで信用される訳もないから、貴司は黙って枷の外された足首へと視線を向けた。
風呂の時にはいつも外され交互に付け替えられているから、薄く色はついているけど痕になったりはしていない。戒める物のなくなったそこに違和感を持ってしまうくらい、馴染んでしまっていたと思うと何だか可笑しいような気がするが、それを顔には出さないように貴司は床へと足をついた。
「うっ……」
立ち上がるとクラクラするが、何とか脚に力を込めてキッチンへと移動する。冷蔵庫を覗いてみると、思ったよりも食材があって貴司は少し驚いた。
「何作ってくれるの?」
「これだけあれば、なんでも……俺が作れる物しか無理だけど。セイは何が食べたい?」
すぐ背後から聞こえた声に、ビクリと体を揺らしながらも、冷蔵庫から視線を移さず貴司がそう返事をすると、考えるような沈黙が流れ、少ししてから聖一の声が降りてくる。
「うーん、貴司が決めていいよ」
「じゃあ適当に作るから、ちょっとあっちで待ってて」
料理器具や調味料がどこにあるかは勘で分かる。こんなにピッタリ張り付かれては、作業がやりづらいと考え聖一にそう伝えると、意外にも、文句も言わずに彼は黙って離れていった。とはいっても、対面になったキッチンのリビングへ抜ける通路側へと移動しただけなのだが。
食欲は殆どないから貴司自身はそうめんにして、聖一にはハンバーグを作ってみようと考えた。
――好きだった筈だ。
できるだけ彼の好きな物を作りたいと考えながら、材料をキッチンへ並べ早速準備をし始めるが、真横から見てくる聖一のことが気になって仕方ない。
――何か……。
昔のように話せたら……と、思いながらも黙っていると、聖一が、カウンターへと肘をついて乗りだしてきた。
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