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自分の気持ちは分かっている。ただ、それを今、伝えたところで聖一はきっと信じない。それに、彼の未来を慮(おもんばか)れば、成就しないほうがいい。
矛盾だらけの思考の中、一つはっきりしているのは、逃げ出しても解決しないということだ。思い通りにならない自分に執着しているだけなのだと、聖一自身が気づくことが彼のためだとも思っていた。
――だけと、もし。
それ以上の感情を、彼が自分に抱いていたら。
――有り得ない。
なるべく普通に目立たぬようにと今までずっと生きてきた。そんな自分が本当の意味で彼に想われる筈がない。 『俺の物』だと言われる度に、玩具のような位置付けなのだと再認識させられるけれど、それでもいいと思う自分も確かに心の中にいて。
――だけど、このままじゃ居られない。
どう接したらいいのかを考えてはみたけれど、結局自分の思いの通りに行動するしか道はない。好きな気持ちは告げられないが、彼の心が静まる時までここで一緒に過ごすのが……出来る最善の方法だろうし、そうしたいと思っていた。
「考え事?」
食洗器へと食器を入れ、スイッチを入れた体勢のままで少しの間考えていると、訝しく思ったのか、聖一の声が降りてくる。
「ああ、ハンバーグ……美味しかったならよかったって、思ってた」
半分以上は違うことを考えていた貴司だが、それはとても言えやしないから、当たり障りのない部分だけを立ち上がりながら彼に告げると、僅かに顔を歪めた彼が視線の中へと映り込んだ。
心に余裕がない時であれば見過ごしていただろう。感情を上手く表せない時、こんな表情をよくしていた。昔はすぐに気づけていたのに、何時からか……それを気にする余裕さえ持てなくなっていた。
「なにか食べたい物があったら言って」
無意識のうちに伸ばしてしまった掌で、彼の髪へと軽く触れると、高くなった頭の位置に時間の流れを感じてしまう。さまざまなことがあったけれど、彼にきちんと向き合えていた時間はどれだけあっただろう?
居心地のいい時間と空間が消え去ることに、心のどこかでずっと怯えて暮らしていた。こんなにも長く関わるなんて、最初は思いもしなかった。
「何のつもり?」
「え? ……っうぅ!」
彷徨う思考を遮るように両方の腕が掴まれて、そこでようやく貴司は自分が聖一の髪を撫でていたことに思い至る。万歳のような格好のまま、どう答えればいいのかすぐには思い付かなくて口ごもると、聖一の端正な顔が至近距離へと近づいた。
「俺の機嫌でも取ってるつもり?」
「違う。俺はただ……」
「ただ、なに?」
疑う彼の言葉と視線に貴司は内心酷く焦るが、このまま黙り込んだりしたら、肯定したと取られてしまう。
「大きく……なったって、思ってた」
本当にそれだけだと聖一に向かい話す間も、掴まれている二の腕辺りにギリリと力が込められて、そこから生まれる鈍い痛みに貴司は思わず顔を歪めた。
「いた……止めっ……」
――また、怒らせた?
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