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 ――だけど。  ここで口をつぐんでしまえば、いつもと同じになってしまう。どうしよう、どうすれば……と、貴司は必死に考えるけど、考えて分かる位なら、最初からきちんと出来ていた。  ――どうして、俺は……。  彼にこんなに暗い瞳をさせることしか出来ないのだろう? 出来ることなら最初に戻って、一から全てをやり直したい。だけど、過ぎた時間は戻らないのだ。  ――何か、言わないと。  それでも言葉を返さなければと貴司は口を開きかけるが、喉に何かが張り付いたように声は全く出てこない。 「……っ」  そればかりか、か細い嗚咽が漏れてしまい、自分の体に何が起きたのか貴司は激しく戸惑った。 「……貴司?」  至近距離にある聖一の顔が、なぜか酷く歪んで見える。訝しむような彼の声音に不穏な色を感じ取り、目尻を伝った濡れた感触に、貴司はようやく自分が涙を流していると気がついた。 「……っセイ、違う……そうじゃない」  どうして我慢出来なかったのか? 心で自分を叱咤しながら、喘ぐように言葉を紡ぐがそれに対する返事はなく、その代わりとでもいうように、胸の尖りを抓られた。 「いぅぅっ」 「何が違うの?」  乳首を襲う強い痛みと、声に含まれた鋭い怒気。その二つに、貴司の体は竦みあがるが、このまま何にも言わずにいれば、歩樹の元へと戻りたいから泣いたのだと思われる。 「……お前の、思ってるような理由じゃない。疑われるのはしょうがない。だけど、セイに……信じて欲しかったから」  話す間も貴司の嗚咽はどんどん大きなものとなり、途切れ途切れに話す内……自分が何を言っているのかよく分からなくなってきた。  逃げようなんて思ってない。  歩樹との間にはなにもない。  そう繰り返し伝える間も胸を弄る手は止まらない。それでも……痛みに時折呻きながらも、必死に言葉を紡いでいると、押し黙っている彼が僅かに指の力を緩めた気がした。 「嘘……そんな言葉、信じない」  他人を信じたことがないから、騙されたことも勿論なかった。唯一自分を欺いたのは、目の前にいる貴司だけだ。欲しい物は目の前にあるのに、なんでこんなにモヤモヤするのか分からない。貴司の言葉や行動全てが、自分から逃げ出す為の演技だとしか思えなかった。 「……信じなくていい、繋いでいいから……少しでいいから、俺と、話しをしてほしい」  今更のような言葉と涙になぜか鼓動が高まるけれど、彼が何を考えているのか分からないほど馬鹿ではない。逃げ出す手段が見つからないから、迎合するふりをしながら油断を誘うつもりなのだ。そんなことは分かっているのに、彼の必死な表情が、判断力を鈍らせる。 「……もういいや。貴司がそう言うなら、そういうことにしといてあげる」  どうせここからは出さないのだから、貴司が誰を想っていようが関係ないと聖一は思う。否、そういう風に思い込もうと自分自身へと暗示をかけた。 「セイ、俺、セイのこと……」 『何も知らない』と、続けられた小さな声。それに続いて唇へと、柔らかな物が押し当てられる。 「ん……」  縫い止めてある体勢から、首を伸ばした貴司の身体はだいぶ辛そうに震えていて……それを受け止めた聖一は、一瞬の逡巡のあとで尖りを弄る指先を止めた。

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