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「どうして?」  彼の調子が悪いだなんて、昨日は全然思わなかった。貴司の意識が途切れるまで、いつもの彼であった筈だ。だけど、今そんなことを考えてみても彼の状態は変わらない。一刻も早く医者に見てもらう必要があると思った貴司は、視線を動かしサイドボードの携帯電話に目を留めた。  ――セイの……だよな?  指を伸ばして触れてみる。断りもなく使うことに、抵抗感は勿論あるけれど、この状況では仕方がない。  ――でも、誰に?  一瞬、歩樹の顔が浮かんだけれど、番号なんて覚えてないから、結局……使用人だと言っていた『小林』という人物を探してみようと貴司は思った。きっと、彼の番号なら電話帳に入っているはずだ。 「ごめん、借りるよ」  本人には聞こえないと思うけど、小さな声で断りを入れて貴司が電話へ触れた時、来客を告げるインターフォンがリビングのほうから聞こえて来た。 「え?」  ――宅配か何かだろうか?  出てしまっていいのだろうかと貴司が逡巡していると、今度は二回連続してインターフォンが鳴らされる。  ――もしかして……。  今、連絡を取ろうとしていた小林という人かもしれない。何か用事があって来て、返事がないから不審に思って何度も呼んでいるのかも。そこまで思い至った貴司は、慌てて聖一の部屋を出ると、リビングへと移動した。いつも鎖に繋がれていたから、キッチン脇のインターフォンに近づくのは初めてだ。 「えっと……」  ディスプレイを覗き込むけれど画像は切れてしまっていたから、貴司は小さく溜め息をつくと画面へと指で触れてみる。 「遅かった?」  思わずそう呟いた時、見計らっていたかのようにインターフォンが鳴り響き、驚いた貴司は思わず反射的に指を引いた。 「あ……」  灰色だった画面が点いて訪問者を映し出す。それが誰かが分かった途端、貴司の体は動揺の余り小刻みに震えだした。  こんな事ってあるのだろうか?  このタイミングで彼が尋ねて来るなんて、姿が瞳に映っていても、とても信じられなかった。  そんな貴司を急かすように、もう一度、インターフォンが音を立て、どういうわけか衝動的に〝通話〟ボタンを押してしまう。なんと言えばいいか分からずディスプレイを凝視していると、真っ直ぐ画面を見つめた彼がこちらへと声をかけきた。 「ようやっと出てくれたね……聖一君」  画面越しに話しかけられて震えは更に大きくなるが、このまま無視して通話を切るのはいけないことだと分かっている。 「……アユ」 「貴司……か?」  だから、貴司が怖ず怖ず名前を呼ぶと、驚いたような歩樹の声がスピーカーから聞こえてきた。 「はい。アユは……どうして?」 「お前、やっぱりここにいたんだな。大丈夫か? 彼は、聖一君は出掛けてるのか?」  歩樹のその言葉を聞いて、貴司はふと我に返った。今はのんびり彼と話せる状況ではないのだと。 「あの、セイは今……」  嘘を吐ける余裕もないから、聖一は熱が酷く高くて、意識もない状態なのだと歩樹に向かって説明する。自分も異変に気づいたばかりで、今から医師を呼ぶところだから、来て貰って申し訳ないが日を改めて欲しいと告げると、驚いたような顔をしたあと、だったら自分が診てあげるから開けるようにと促された。 「でも、そんなことは……」 「困ってるんだろう? 大丈夫、ちゃんと診るから」  疑っている訳じゃない。熱があると分かった時に、まず頭に浮かんできたのは他でもない彼なのだ。  ――でも、こんなのまるで……。 「貴司、こんな時は頼っていいんだ」  まるで心を見透かしたような歩樹の言葉にハッとする。どうしていつも彼は自分が躓く場所が分かるのだろう? 「……ごめんなさい、お願いします」  逃げておいてこんな時にだけ頼るなんて最低だけど、聖一のことを考えてみれば迷っている暇もない。そう考えた貴司はどうにか謝罪の言葉を口にすると、歩樹の指示通りに動いて部屋のロックを解除した。

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