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「もういいよ、貴司がどう考えてるかは良く分かったから。その続きは、俺じゃなくて本人に直接言ったほうがいい」
笑みを深めて告げてきた歩樹が貴司の頭をクシャリと撫でる。
「自分の中で考え過ぎて、怖くなって逃げ出して……だけど、それじゃ駄目だって、貴司は気づいたんだろ? だったらあとは、気持ちをちゃんと伝えればいいだけだ。好きなんだろ?」
「でも、セイに……それは言えない」
聖一へ自分の気持ちを告げようとは思っていないし、もし彼へ伝えたとしても信用される筈もない。そう貴司が口に出すと、歩樹は少し困ったように何度目かの溜息を吐いた。
「相手のことは理解したいが自分の気持ちは言えないって……それじゃあ相手も疑心暗鬼になるよ。なぁ貴司、お前自分が矛盾してるって気づいてる……よな? 中途半端に情を掛けるのは自己満足にしかならないし、受け入れる覚悟がないならお前の気持ちはそれだけの物ってことだ」
「なっ…なん……」
「俺に言えるのはここまで。後は自分で考えてごらん」
優しい笑みを浮かべながらも、突き放すような歩樹の言葉に貴司の胸は締め付けられた。いつも厳しいことは言わない歩樹がここまで言ってくるのは、きっと弱い自分の背中を押そうとしてのことだろう。それが分かってしまったから、目の奥がツンと痛くなる。
誰も頼らず一人で生きて行けるように……そう思って生きてきた。
だけど、結局弱い自分のせいで、沢山の人に迷惑をかけた。
「……ごめん……さい」
視界の中で歩樹が滲む。細く掠れた声だったけど、至近距離にいる彼にはそれでもきちんと届いたようだった。
「大丈夫。今は遠回りしてるけど、ちゃんと見えてきただろう? 俺は……自分が器用に生きてるって思ってた。だけど、貴司が急にいなくなって、なりふり構わず探してる内に器用なんかじゃなかったって気づいた。人を好きになるっていうのが、どういうことか思い出せた。本当は、何とか貴司を言い包めて、連れて帰ろうって思ってたけど、無理だって分かったから今日のところは止しておく。でも、これだけは覚えておいて……貴司は、一人じゃない」
伸ばされた指に目尻を拭われ額へとキスを落とされる。そのまま胸に抱かれてしまい、表情までは見えなかったけれど、「喋り過ぎた」と照れたように呟く声が聞こえてきた。
結局、貴司の嗚咽が治まるまで歩樹は背中を撫でてくれ、申し訳ないと思っていると、そんな気持ちを汲み取ったように「大丈夫だよ」と、かけられた声に更に胸が締め付けられる。
「これからも、友達って思って貰えたら嬉しい。貴司の性格じゃ難しいだろうけど……俺は貴司が困った時、助けになりたいって思ってる。それだけは覚えておいて」
ゆっくり体を離した時、何時もの笑顔で歩樹に言われて貴司にはもう頷くことしかできなかった。
「そろそろ点滴終わってるな。処置したら俺は帰るけど……一週間したら様子を見に来る」
病気の具合だけじゃなく、もしも状況が今よりもさらに悪化してしまっていたら、悔やんでも悔やみ切れなくなると思った歩樹がそう告げると、そこまで読めてはいないようで貴司は何度も頷き返す。
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