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「アユ、本当にありがとう。俺、アユには助けて貰ってばっかりで」
「そう思うなら、今は自分が幸せになることを考えろ」
置いていくのは心配だけれど、ここで自分が介入すれば更に話は混迷する。聖一が目覚める前にと手早く作業をしながら言うと、「分かりました」と答えた貴司が薄い唇を引き結んだ。
「全部がちゃんと落ち着いたら、今度は外で会おうな」
去り際にそう伝えると、笑みを浮かべた貴司が歩樹に深く頭を下げてくる。
「後で、必ずお礼します」
この時、玄関へと響いた声に僅かな違和感を持ったのは、これからのことを思い描いて、貴司が緊張しているからだと歩樹は思った。
***
オートロックの掛かる音が、玄関にやけに大きく響く。途端、貴司の中に言いようのない寂しい気持ちがわきあがるけれど、息を吸ってそれを留めると、踵を返してすぐ脇にある聖一の部屋のドアを開いた。
ベッドの上にはさっきと変わらず聖一が横たわっていて、貴司はゆっくり側に近づくとその額からタオルを取る。
「セイ…… 起きてるんだろ?」
告げたと同時に口端を上げて瞳を開いた聖一に、予測はしていたことだったけれど貴司は思わず息を飲んだ。
「バレてた?」
答える声は掠れ気味だが調子はいつもと変わらない。だけど、彼の纏う空気には、いつも以上に棘があると貴司は肌で感じとった。
「いつから……目が覚めてた?」
貴司がそれに気が付いたのは点滴を外している最中で、歩樹に何かしやしないかと緊張してしまったけれど、動く素振りはなかったから努めて普通に振る舞った。
「さっきだよ。貴司とアイツが入ってくるちょっと前…… ねぇ、貴司」
長い指先がこちらへ伸びて唇に軽く触れてくる。
「どういう事?」
唇は笑みを崩さないけれど声には怒りが滲んでいて……誤解を解こうと口を開くが、聖一の指が差し入れられて声を出すのを阻止された。
「貴司が、アイツに連絡したの?」
答えようにも舌に爪をギリリと立てられ喋れない。体を引けば逃れられるけれど、敢えて貴司はそれをしないで首を左右に緩く振った。
「へぇ、じゃあ偶々(たまたま)来たんだ。タイミング最悪。何回か来てたけど、ずっと無視してたのに…… また引っ越さないといけないな」
途中から半ば独白のように紡ぎだされたその言葉に、それじゃいけないと思った貴司は聖一に顔を近づける。きっと、体を引かれ逃げられる事しか想定していなかったのだろう……歯が指へと当たった途端、驚いたように彼が手を引き、口が自由になった貴司は思わずその手首を掴んだ。
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