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「それはダメだ。こんなこと、続けてちゃいけない。セイだって分かってるだろ?」
分かっていない筈がない。平静を装ってはいるが、精神的にも肉体的にも相当切羽詰まっていることは、熱で意識をなくした彼が一番分かっているだろう。
「じゃあ、なんで貴司は逃げなかったの? 枷……付けるの忘れたのに、どうして貴司はここにいるの?」
問いかけてくる彼の様子がいつもと少し違っていて、聖一の、虚ろな瞳と浅い呼吸に気づいた貴司は、慌てて手首から手を離し、その掌を額へと乗せた。
「まだ結構ありそうだ。ごめん、飲み物取ってくるから、休んでろ」
目覚めたことに驚いてしまい、更にいつもの彼だったから、体調のことを忘れてしまったなんて自分が情けない。聖一自身もきっと相当気を張っていたのだろう。貴司が手をそっと離して替わりに冷たいタオルを乗せても、何も言わずに瞼を閉じてその行動を受け入れた。
『どうして?』
そう尋ねてきた聖一の顔が昔の彼と重なってしまう。無表情に見えるけれど、不安な気持ちが滲んでいるのが貴司には分かってしまった。
――勘違いかもしれないけど……。
それでもそう思えるのは、貴司の心が少しずつだけど外に向かっているからで、今まで全く見えなかったのは見ようとしていなかったのだと改めて実感する。
飲み物を持って部屋へ戻ると聖一はまた眠っていて、その姿が……頼りなさ気に見えた貴司は、掌で髪を優しく撫でた。あんなに酷い扱いを受け、他人も巻き込み傷つけたのに、嫌いになんてなれないことはもう身に染みて分かっている。
聖一はいつも余裕あり気な表情だけしか見せないから、自分の気持ちは知られていると思い込んでいたけれど……弱っている姿を見て、当たり前だが聖一も同じ人間なのだと思い知った。
「ホント、俺は何を……」
見ていたのか? 上辺だけで、自分を晒す勇気も持っていないのに、『理解したい』と言われたって信用される訳もない。聖一が、正しいことをしたとは全く思えないけれど、自分だって中途半端に今まで彼を傷つけた。
――怖かった。
真っ直ぐな彼を受け止めるだけの覚悟なんて出来なくて、追われれば追われるほどにそれはどんどん大きくなった。
「ん……」
そんなことを考えていると、目下の聖一が小さく呻く。
彼を起こしてしまわぬように貴司が動きを一旦止めると、薄く瞼が開かれたけれど、すぐにそれは閉じられる。その端正な顔を見ながら、貴司は小さく息を吐いた。無防備な彼の表情に……幼い頃を重ね合わせて貴司の胸が切なく痛む。
他の誰より長い時間を二人で一緒に過ごしてきた。
「セイ…… 好きだよ」
口から零れた本心が……やけに大きく耳へと響く。眠っている聖一には届く筈もないけれど、彼の身体が良くなったら、例え信じて貰えなくても、気持ちを彼に伝えることを貴司はようやく決意した。
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