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 小さな土鍋で温めた粥を貴司がお盆に乗せたところで、リビングのドアが静かに開いて聖一が入ってくる。その姿に、まさか自分から来るとは思っていなかったから、貴司は一瞬固まった。 「セイ、まだ寝てないと」  慌てて駆け寄り手を差し延べ、戻るようにと促すけれど聞き入れては貰えない。 「もう大丈夫だよ。それより、お腹空いたんだけど」  まだ声は少し掠れているがいつもと変わらぬ彼の様子に、貴司はフゥっと息を吐きだすと、彼をソファーへと促した。体温計を手渡してから、粥を運んで聖一の前へコトリと置くと、電子音が聞こえて来る。 「七度五分、大分下がったな」  受け取った体温計を見ながら貴司がそう呟くと、渡したばかりのレンゲをこちらへ差し出してきた聖一が、「食べさせてよ」と囁いた。 「自分で……」 「無理、食べさせてくれないと食べられない」  器用に唇の片端を上げて微笑む聖一の表情に、間違いなく意地悪なのだと貴司にはすぐ分かったが、体調がまだ悪いことには間違いないと考え直すと、レンゲを彼の手から取って土鍋から粥を掬いだす。 「ほら」  何度か息を吹きかけてから顔の前へと運んでやると、黙ってそれを食べる姿に心臓が高鳴ってしまった。 「照れてるの? 顔が赤い」 からかうように言った聖一が、手で頬へと触れてくる。いつもならここで「違う」と答えて彼の掌を振り払うのに、少しでも素直になろうとそれをそのまま受け入れていると、僅かに口を歪めた聖一がなぜか鼻へと噛みついてきた。 「痛っ……なっ、何?」 慌てて顔を横に振る。甘噛みされただけだったからそんなに痛みはなかったが、突然のことに驚いてしまいレンゲを床へと落としてしまった。 「危ないっ」 「貴司はどうやってアイツと外で会うつもり? まぁ、もう逃がす気はないから、こんなことしても無駄だけど」  自分の声を無視して話す聖一の熱を持たない声に、背筋がスウっと冷たくなって、知らずに体が震えだす。  帰り際、歩樹と交わした約束を、聞かれていたのは分かっていたが、それが更なる誤解を生んでいることに、貴司はどう答えればいいか迷って視線を泳がせた。 「ご馳走様、美味しかった」  心を見せない薄い笑みをその口元へと浮かべたまま、拾い上げたレンゲを静かにテーブルの上の器へと置く。 「セイ、俺は本当に逃げようなんて思ってない。ただ俺は……」 「嘘はいいよ。アイツ連れ込んで何してたの? この身体に触らせた?」 「そんな事……してな…いぅっ!」  いきなり肩へと担ぎ上げられ貴司は必死に抵抗するが、尻を平手で強く叩かれ声は途中で切れてしまった。 「何度でも、身体にちゃんと教えてあげる。貴司は俺のなんだから……ね」  優しいような彼の声音も貴司の耳には冷たく響き、自然に体が竦んでしまうが、それでは駄目だと思い直して貴司は拳で背中を叩く。 「セイ、お前まだ体が……寝てないと駄目だ!」 「大丈夫、俺はそんなにヤワじゃないから」  そう答えると、彼はそのまま歩き出し、自室のベッドへ貴司の体を放り投げるまで何を言っても答えなかった。

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