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「う、うぅ……」  焦点はまだ定まらない。思考は少し落ち着いたけど、堰を切った涙は留まる事もなく……情けないと思いながらも、唇を噛んで堪えることも嗚咽が邪魔してできなかった。 「んぅ……ふぅっ」  聖一は、貴司の体を抱き締めたまま、キスを何度も繰り返すだけで言葉を紡ぐことはない。こんなに優しく扱われるのは久し振りのことだから、酷い仕打ちをされた後なのに、貴司の心は詰まるような切なさで一杯になった。 「ごめん、俺……」  口が離れた僅かな時間に貴司が謝罪しようとすると、唇をすぐに塞がれてしまい最後まで告げることができない。自分から『受け入れる』と言ったのに、こんな結果になってしまい、聖一をまた失望させてしまっただろうと、廻り始めた思考の中で貴司はぼんやり考えた。  ――どうして、俺は……いつもこうなんだろう?  少しでも彼に信じて欲しいと思って決意したことなのに、肝腎なところでまた逃げ出そうとしてしまった。 「セイ……おねがい、聞いて」  ようやく紡ぎ出した言葉に、聖一がその動きを止める。答える声はないけれど、それを肯定と思うことにして、貴司は舌で唇を舐めると震える声を絞り出した。 「俺……今まで逃げてばっかり……から、信じてほし…て……口ばっか…で……ごめん」  上手く呂律が回らなくて、伝えたい言葉が出てこない。涙で滲んだ視界へと映る聖一が、どんな表情をしているのかすら歪んでしまって分からなかった。 「……こんどは、逃げない。だから……だから……んぅぅ!」  必死に喋る貴司のアナルへいきなり指が突き立てられ、衝撃に、弓なりに反った貴司の体は再び大きく震えだす。 「いいの?」  色を持たない聖一の声に心は鈍く痛みだすけれど、ほんの少しでも信じて欲しいと貴司は願い、足首を手でギュッと掴むと目をつぶって頷いた。だけど、待ち構えていた衝撃は、少し経っても訪れなくて。 「……セイ」 「なんで?」  自分の発した問い掛けに、彼の言葉が覆い被さる。薄く瞳を開いてみると、至近距離から自分を見つめる聖一の顔がそこにあった。 「……信用させて、逃げるつもりだって……分かってるのに、貴司は狡いよ」  珍しく、感情を露にした聖一の低く掠れた声に、貴司は内心戸惑ったけれど返す言葉も見当たらない。 「分かってる。貴司に好きになって貰えるようなこと、俺はしてないって。今だって、貴司は泣いて怯えてる。そうさせてるのは俺なのに、自分を抑えられなくなる。嘘だって分かってるのに、好きだなんて言うから……体だけでいいって思ってた筈なのに、心まで……欲しくなる」 「セイ、俺は、本当に……」 「……俺だけを求めればいい、俺しか見えなくなればいいのに」  独白のようにそう言い放つと聖一は顔を少し歪め、持て余している感情をまるでぶつけるように、貴司の唇に喰らいついた。

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