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「貴司の気持ちはどうでもいいよ。もう絶対……逃がさないから」
迷いを絶とうと紡いだ言葉で泣きそうに歪む貴司の顔が、聖一の胸に見えない棘を何本も突き立ててきた。
――痛い。
胸が軋んで息が詰まる。さっき思わず言ってしまった『心も欲しい』という言葉が、心の中で激しく主張し始めた。
「セイ、苦しめて……ごめん」
細い声。身体だって前より細くなっている。悪いのは全部自分なのに、謝ってくる貴司の行為に胃の辺りがモヤモヤし、常ならその気持ちをそのままぶつけてしまう聖一だったが、彼の様子を見つめるうちにそれも出来なくなってしまった。
これ以上酷くしてしまったら、貴司が壊れてしまうような、そんな不安に陥るくらいに彼の姿は痛々しく、表情は苦しそうに見える。
「……セイ?」
指を伸ばして首輪を外すと、驚いたように瞼を開いた貴司の瞳と視線が絡む。逃がさないと言ったのに、矛盾している自分の動きが自分自身にも分からなかった。続けて手足を繋ぐ鎖を順番に開放していくと、それには流石に戸惑ったようで貴司はコクリと唾を飲む。
「なん……で?」
「……からない」
スルリと出てしまった言葉に貴司が目を見開いた。
「壊してでも、俺のモノにしたいって思ってたのに……なんでできないか分からない」
声に出してしまった思いが堰を切って溢れ出す。
「ねぇ、貴司……俺は、狂ってる」
今だって、繋ぐ枷は外したけれど繋がる身体は離せない。自由になった手足を使って、貴司が拒絶するのをどこかで待ってしまっている自分と、それとは逆に逃げないことを望む気持ちが混在していた。逃げようとすれば聖一にとって貴司を縛る口実になる……そう考えるほどに歪んでいるのに、相反する想いが心を掻き乱す。
「セイは、狂ってなんかない。俺は、壊れない。傍にいるから……だから、泣くな」
背中へと腕が回される。見れば涙を流しているのは自分ではなく貴司の方で、それを不思議に思っていると、指へと力が込められた。
「怖かった。気持ちを認めたら、セイが俺に飽きた時……どうにかなってしまうって、そればかり考えてた。俺は……自分のことばかりで……」
必死に口を動かす貴司に聖一の胸がズキリと痛む。さっきから彼は何度もこうして自分へ語りかけてくるが、ここまで心を現にしたのは初めてのことだった。
――嘘……だ。
そんな話は有り得ない。最初に告白した日から、貴司が自分を持て余していることなどとっくに知っていた。だけど、それでも諦めることができずに、酷い仕打ちを与えてきた。
少なくともその瞬間だけは、自分を求めてくれるから。
「……泣くな」
小さな声が鼓膜を揺らす。背中を掴む指先が、言葉を紡いだ唇が、小さくカタカタ震えている。理不尽なのはいつも自分で、貴司はその被害者だ。『自分の事ばかり』と言うけれど、それを言うなら自分の方だということだって分かっていた。
「好きだ。セイが……好きだ」
まるで箍(たが)が外れたように『好き』と囁く掠れた声。自由になった手足を動かし自分を拒絶することもなく、いつものように『間違ってる』と言い募ってくることもない。
「貴司」
名前を口にしてみるが、何を言えばいいのか分からず華奢な体を抱き竦めると、「うぅっ」と微かに唸りを上げたがそれでも腕を離さない。こんなことは初めてで、自分の胸が早鐘のように脈を速めていくのを感じ、聖一は酷く混乱した。
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