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「取って欲しい?」  身体を起こした聖一が、貴司の耳朶を喰むようにして甘く囁きかけてくる。 『外せ』という言葉が喉までせり上がってきたけれど、貴司は深く息を吸い込んで、それを何とか飲み込んだ。 「いいよ、セイがそうしたいなら」  穏やかな声を紡ぎ出すことに自分は成功しただろうか? そんなことを考えていると、彼の動きがピタリと止まる。 「でも一つ、お願いがある」  反応に、聖一はまだ迷っていると感じた貴司がそう告げると、「何?」と低く囁く声が至近距離から聞こえてきた。 「セイに、見て欲しいものがある。それを取って来たいから、これを一回外して欲しい」 「何を?」 「セイの部屋を探してる時、俺の荷物を見つけた。捨てられてるって思ってたから驚いたけど、あの中に、見て貰いたい物があるから……これ、外せないなら一緒に行ってくれないか?」  そう言葉を返す間、聖一は貴司の身体を包み込むように抱き締める。応えるように腕を伸ばして聖一の背に指を這わせると、「いいよ」と言った彼の唇が頬へと軽く押し当てられた。 「一緒に行く」  微笑む顔に心臓が鳴る。昨日とは違う穏やかな笑みは何を含んでいるのだろう? 余りの変化に不安になるが、彼が出した結論だけは行動から読み取れる。 『信じたい』 と言ってはいたが、結局のところ貴司の気持ちは信じて貰えなかったのだ。そして今、ようやく自分に見せたくれた本心をも、閉ざそうとしているように貴司の目には映ってしまう。  優しげに見える笑顔も言葉も貼付けたような違和感があり、このままそれを放っておいたら彼が壊れてしまうような……そんな恐怖に包まれる。 「うっ」  ベッドから降りて立とうとすると、身体がフラリと揺れてしまうが、今はそれより一刻も速く荷物を見たいと歩きだす。例えそれを見せたところで聖一が変わる保証もないが、大切な物が抜け落ちたような彼の様子が、貴司を無性に焦らせた。

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