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『承知いたしました。一緒に行って、挨拶をすれば宜しいですか?』
『貴司さんの心配が解ければいいので、あとは小林に任せます。よろしくお願いします』
きっと家族に縁がないから、どう言えばいいか実は彼にもあまり分かっていないのだろう。それについては家庭を持たぬ自分自身も同じだが、長年の経験でどうにでもなる事だ。
当時、聖一は公園で知り合った貴司という青年の家に入り浸るようになっており、小林はいつも近くに車を停めて待機していたが、それについても彼の兄逹に報告する気は全くなかった。
流石に相手の大学生の経歴は調べたが、特に問題は無さそうだったし、聖一が初めて他人に興味を示したという事のほうが、大切だと感じたから。
(あの時、初めて聖一様が笑う姿を見た)
『弟が出来たみたいで嬉しい』
迷惑ではないかと尋ねた小林に対し、貴司が答えたその言葉に、嬉しそうに微笑んだ顔は今でも瞼に焼きついている。
その時の小林といえば、驚きのあまり上手く表情を隠せなくなってしまったが、幸いにも疑われずに、貴司は自分を聖一の祖父と信じ込んだ。
それから二人の間には、様々な事が起こったが、二人の姿を見守る内、例えそれがどんな事でも従おうと腹を括った。
(違う結果を迎えていたら……きっと後悔しただろう)
元々、小林は聖一と同居していたのだが、高校生になると同時に同じフロアだが別の部屋へと住むようになり、彼の行動を把握する事は困難になってしまったが、犯罪に近い行為に手を染めていたのは知っている。
彼に呼ばれ、命令とはいえ手助けをした事もある。
けれど、責任感の無い大人だと他人から糾弾されようと、課された使命を守りながら、聖一を変えた貴司という青年に……心のどこかで期待していた。
溢れる思いをもて余し、悩む聖一の姿を見ながら、自分にできる事は何なのかと考え抜き、黙って従う道を選んだ。
(結果、二人は道を切り開いた。聖一様は今も少しずつ、変わり続けている)
だからもう、彼を見守る役目はここで終るのだ……と、小林は長くなった回想をそこで一旦締め括る。
振り返るなんてらしくもないが、これだけ長い時間を聖一の傍で過ごして来たのだから、今くらいは許されるだろう。
「こちらで待つようにとの事です」
ホテルへと到着し、貴司を部屋へ案内してから頭を下げて去ろうとすれば、困ったような顔をした彼が「待ってください」と引き留めた。
「どうかいたしましたか?」
「小林さん、えっと……なにかありましたか?」
「いえ、特には」
「そうですか、すいません。ちょっといつもと違う気がして……なんでもないならいいんです。ありがとうございました」
「仕事ですのでお気になさらず。では、私はこれで失礼させて頂きます」
再度頭を軽く下げてから、スイートルームを後にする。ドアの閉まる寸前に……貴司が酷く驚いた顔をしたような気がしたが、気のせいだろうと思い直して小林はその場を立ち去った。
***
「今日はいったいどうしたんだ?」
こんな所に呼ばれた理由が全く思い浮かばない。だから、聖一が部屋に入るや否や貴司は彼に問いかけた。
「ああ、この部屋? 貴司はなんだと思う?」
「そんなの……考えても分からないから聞いてるのに、分かるわけないだろ」
逆に質問を返されてしまい貴司は内心酷く焦る。彼の二十歳 の誕生日はこの前祝ったばかりだし、今月はこれといって何の記念日も無かったはずだ。
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