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「んっ……ふぅっ」
唇がやっと離れた時には呆 けたように思考が霞んでしまっていた。そんな貴司の髪を撫でながら聖一がフッと笑みを浮かべる。
「気持ち悦かった?」
「……セイ、ごめ…俺、舌……あっ」
彼の口端に滲んだ血を見て我へと返った貴司は焦った。どうやら必死に噛みついた先は舌ではなく、彼の唇だったらしい。
「ああこれ? 大丈夫だよ。貴司、噛むのに迷って震えてたから、俺が舌を引いたのに気づかなかったんだね。それに……謝る必要なんかない」
ホント貴司は優しい……と、続けた彼が腕を伸ばし、包むように抱き締めてくるから、安堵のあまり涙腺が緩んで涙が一筋頬を伝った。
「一番、しちゃいけない事だって分かってるのに、俺……子供みたいだ」
僅かに体が震えているのに気づいた貴司は抱き締めたいと思うけれど、腕は背後で括られているからそうする事は叶わない。
「俺も、ちゃんと言葉にできなくて……ごめん。セイが怒ってるって途中まで気づけなくて、どうすればいいかわからなかった」
「怒ってなんかなかった。違うな……貴司の意思を尊重したいから、我慢しようって思ってた。だけど途中で制御できなくなった……て、いつもの事だね」
本当に成長しないと言った聖一が溜め息を吐いた。
「貴司が止 めてくれなかったら、もっと酷い事してたと思う」
「それは……」
何も言えずに流されたから自分も同じと言いたかったが、彼の表情を見た途端……言葉は喉に張りついた。
一瞬、泣いているのかと思ったから。
「俺……小さい頃、血の繋がった父親に、今、貴司にさせたことを毎日させられてた。訳が分かんなかったから、それがトラウマになってるなんて事は無いと思う。だけど、動けなくしないと逃げられるっていつも思う。父親の顔なんか、ほとんど覚えてないけど、撫でられた感触は、今でも良く覚えてる。貴司に酷くするたび、この血が怖くなる。血のせいにして逃げるつもりは無いけど」
「セイ、お前……」
淡々と言葉を紡ぐ聖一の姿に息をのむ。
幼少の頃の彼の話を尋ねたことはあったけれど、あまり覚えていないと言われてそんなものかと思っていた。
子供の頃の記憶には、個人差があると知っていたから、あまり気にもしなかった。
「……セイとその人は、違うだろ」
きっと、話すつもりは無かったのだろう。
表情はあまり変わらないが、戸惑っているのが空気で分かる。
貴司を監禁していた時、いつも全てをこちらのせいにしていた彼が、父親からの行為については影響されていないと言う。
きっと、自分を制御できない理由を血や生い立ちのせいにしたくは無いという彼の思いと、心の奥に宿る不安がない交ぜになってしまった結果、こんな発言になったのだろう。
「今、話した事、後悔してるだろ。でも俺は、セイが話してくれて嬉しいって思う。大丈夫だよ、セイはそのままで……変わろうとしなくていい。俺は、どんなセイでも好きだから、それに……いざとなったらさっきみたいに抵抗できる。ただ、俺はセイが好きだから、できるだけ受け止めたいっていつでも思ってる」
背筋を伸ばして顔を近づけ、唇に軽くキスをした。
彼は気づいていないのだろうか?
どんなに激しく攻め立てようと、貴司の心に愛情はいつも伝わっている。それが強い独占欲だと分かるから……結局貴司は満たされる。
今日だって、もしもこのまま続けられても、最終的にはきっと彼と抱き合って眠った筈だ。
(俺も……おかしいのかもしれないな)
「貴司は甘すぎるよ」
「違う。セイと同じで不器用なだけだ」
自分の方が年上なのに、情けないと思いもするが、そう思えればまだ成長の余地はあるのではないだろうか?
(それに、変わることだけが成長じゃない)
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