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「これ、解いてくれるか?」  抱きしめたくてたまらないから貴司がそう声にすると、聖一の腕が前へ動いて脇下に手が差し込まれる。 「なっ……セイ?」  そのままヒョイと持ち上げられ、膝の上へと引き上げられた。 「解かないよ。貴司がイエスって言うまで今日はいかせてあげない」 「なっ……そんな無茶苦茶なっ、だってお前、今、俺の意志を尊重するって……」 「気が変わった。だって貴司、迷ってたろ? 今言わせなかったらダメだって思ったから」  唇に薄く笑みをたたえてそう言い放った聖一に、先ほどまでの迷いを帯びた色はない。 「どうして……お前は、そう極端なんだ」 「貴司が甘やかすからだよ」  腰を抱くように腕を回され、尾骨の辺りを指が這う。  そのまま割れ目をツッとなぞられて痺れたように背筋を反らせば、無防備になった喉にキスをされ印が付くほど強く吸われた。 「あ、ぅっ……セイ待て。だったら……こんな事しないで……話、すればいい」  快楽に流される形で貴司がイエスと言ったところで、きっと互いわだかまりが残ってしまう事だろう。 「自分のことは分からないけど、貴司のことは分かるよ。こうやって体に聞かないと、なかなか本音を話してくれない。前は、俺が望む言葉を言わせる手段でしか無かったけど……今は、ちゃんと見えるから」 「それはどういう……」 「貴司は考え過ぎるってこと」 「んっ……んぅっ」  反論する(いとま)も与えずキスで唇を塞がれた。  何を切っかけに彼がいつもの調子を戻したかは知らないが、こうなってしまえばもう、抵抗なんて無駄なだけだ。 (考え過ぎるって、確かに……そうだけどっ) 「うっ……んぅっ」  キスに翻弄されながら、素肌に触れる彼の腕や手が、まだ僅かに震えているのに気づいて貴司は驚いた。 (ああ、そうか) 『撫でられた時の感触は、今でも良く覚えてる』  聖一が放った言葉が頭の中で木霊する。  あれほどの出来事が、幼い子供のトラウマにならないなんて絶対に無い。  聖一自身も気づけていないだろうけれど、幼い彼はきっと愛情が欲しかったのだ。例え歪んでいようとも、父親に撫でられた記憶が今も消え去ってしまわないほどに。 (似てるんだ……俺たちは)  与えられて当たり前の愛情を与えられずに育ち、心の奥では欲しているのに声に出しても無駄だと悟り、更にはそれから目を逸らして無くても平気と虚勢を張る。

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