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第13話 いにしえの貘夢(ゆめ) ①
兵藤貴史は夢を見ていた
意識は在る
眠気はない
だが自分は眠りについていて夢を見てるのは解った
神々しく立つ創造神の前に4人の神が円陣を組んでいた
見覚えがあるのは漆黒の髪を足首まで垂らし、漆黒の服を身につけた皇帝閻魔
だけだった
“ 我等は地球(ほし)の核へ散らばるのだ
皇帝閻魔、お前は魔界を仕切れ
ルシファー お前は天界を護れ
デミウルゴス お前は人を創り世界を創れ
ハデス オリンポスの十二神の一柱であるハデス お前は冥府を護れ
そして冥府の地下を護るは、この場にはいないがニヴルヘイムが司る
この世界を一つに繫げる世界樹の根の一つに生息し、フヴェルゲルミルの泉に総ての闇を浄化し司る!
この地球(ほし)の闇を操り浄化して
フヴェルゲルミルの泉に還す
決して闇に囚われてはならぬ為に在る神だ ”
「………神よ……天地創造の神よ
ニヴルヘイムとは?」
皇帝閻魔は初めて聞く神の名前を耳にして、創造神にそう問い質した
“ ニヴルヘイムはこの地球(ほし)が出来ると同時に地下深くに根を下ろした神だ
彼は決して陽の当たる所へは出ては来ない
この地球(ほし)の浄化の為だけに存在する神なのだ
ニヴルヘイムが世界樹を植えた
世界樹はこの地球(ほし)の核となり成長する
冥府の地下深くから天界まで伸びゆく樹
それが世界樹なのだ ”
「解りました
貴方の想いのままに!」
皇帝閻魔は創造神の前に跪いた
その皇帝閻魔の頭に手を翳し愛しんだ
“ 皇帝閻魔よ
魔界を統治し安定をもたらせ ”
「解っております」
総ては貴方の想いのままに……
皇帝閻魔は深々と頭を下げた
皇帝閻魔の後ろには切り株の上に座る神がいた
面倒臭げに「親父殿、まだかよ?話し合いは」と急かしていた
兵藤は息を飲んだ
その顔が康太にそっくりだったから……
皇帝閻魔は優しく慈愛に満ちた瞳でその者を見詰め
「暫し待て……」と宥めた
ふて腐れて退屈そうにそっぽを向くと
「眠いから起こせよ!」と言いフカフカの草の上に寝そべった
皇帝閻魔は「仕方のない奴よのぉ」と笑った
創造神は皇帝閻魔に“ その者は何だ? ”と問い掛けた
皇帝閻魔は「我が愛する存在に御座います」と答えた
“ 皇帝閻魔、お主の愛するモノは何も詰まらぬ空っぽの傀儡か?”
「違います!
‥‥‥我の愛する存在が詰まった存在に御座います」
“ 骨格は生まれ来ぬ子と妻の血肉と死に逝く弟の魂で作ったか?
だがその物には皇帝炎帝の魂など残ってはおらぬぞ?”
「我の唯一です‥‥口出しは無用にお願い致す!」
想像神は皇帝閻魔に
“ この者を連れて逝くのは禁ず! ”と告げた
皇帝閻魔は驚愕の瞳を創造神に向けた
「何故に御座いますか?」
“ 皇帝炎帝は波乱の神
魔界を治安する上で……皇帝炎帝は邪魔になる ”
「我が子に御座います!
我の愛すべき存在に御座います」
“ この者は………心を何処ぞに置き忘れて来てしまった……
中身が何も詰まってはおらぬ………”
「それが如何様なのですか?
これから詰めて逝けば良いだけの事ではないですか?」
「………皇帝閻魔……お主は何を想って……コレを創った?」
「私は愛すべき存在を遺したかった………」
“………コレの中に……お前の愛する存在が遺せているか?
お主が一番解っておるのではないか?”
「関与無用に御座います!」
“ お前が魔界を統治して冥府に逝くまで……我が預かろう ”
皇帝閻魔は創造神を睨み付けた
「………貴方には何一つ逆らった事は御座いません
ですが今……我は貴方の言う事は聞けません」
“………何故……コレなのだ?”
「生まれ来る我が子をその中に詰めました
妻と………子を一度に亡くした我の哀しみなど……
貴方は知る由もなかった……
便りにしていた弟すら亡くした者の哀しみなど‥‥貴方は何も知らないではないか!
我は……総て亡くして………それでも愛すべき存在を亡くしたくはなかった……
我が息子に御座います!」
皇帝閻魔は言い捨てた
“………皇帝閻魔よ……
魔界を統治せよ……
冥府に逝く時……この者は傍に返そう”
「我は貴方を恨んだ事は御座いません……
ですが愛すべき者を意図も簡単に奪うという……
貴方の言う事は………聞きたく在りません」
“………定めだ皇帝閻魔……”
「そんな定めなど……貘に食われてしまえば良い!」
皇帝閻魔は泣いた
総て亡くして……
それでも愛すべき存在を遺したかった……
それが罪だと言うのか?
何も詰まっていないのは……解っていた
だが……何時か……沢山詰まった子にしてやりたかった
愛する存在を得て
愛する存在と共に生きる喜びを……
教えたかった
そうすれば………
何もかも亡くした自分が救われる気がした……
“ 皇帝閻魔……お前にもコレにも時間は必要なのだ
何も奪うとは言ってはおらぬ…”
「………連れて来るのではなかった……
淋しいだろうと連れて来て……貴方に奪われるとは……」
皇帝閻魔は……もう何も言わなかった
話し合いが終わると創造神は皇帝炎帝を連れて行った
皇帝閻魔は魔界を統治すべく魔界へと渡った
その外の神々も自分の記された場所へ向かった
それが五柱が地球(ほし)を築く話だった
まだ天界も人の世も魔界も一つに繋がっている時代の事だった
皇帝閻魔は魔界を統治した
種族の違う神々を魔界に迎え入れて統治した
ルシファーは九段階段を築き、天使を階級制にして統治した
デミウルゴスは人を創り
人種の違う人間を創り人間社会を作り上げた
ハデスは冥府の王となり冥府を統治した
そうして各々が与えられた世界を護り、統治していった
それが地球(ほし)の始まりだった
幾度となく人は争い
殺し合った
その度、世界樹は浄化した
世界の闇を浄化した
だが年々、浄化しきれない闇(魔)が地球(ほし)を染めて行った
神々は与えられた仕事を完遂する為に命を賭けた
世界樹は視ていた
やがて天界と魔界は闇に染まり、争いが勃発する
天魔戦争の始まりだった
天魔戦争は永きに渡り続いた
堕天使ルシファーが魔界を乗っ取ろうと魔界に下り立ち……始まった戦だった
永きに渡る天魔戦争で神々は苦しみ……
自分の存在価値を説いた
人を巻き込み、戦争人の世を血で染めた
そんな天界も魔界も愚かすぎて……
総て滅んでしまえと想った
…試練だと……大天使ルシファーに使命を与えて魔界へ落とした
種族の違う神々とのいざこざが絶えなかったからだ
魔界のためと言う大義名分があれば……天界も魔界も一致団結するだろうと想っていた
だが……そうではなかった
そんな混乱のさなか……ハデスはオリンポスの十二神がこの地球(ほし)から消えるのを感じていた
神々が地上で暮らせる世界などない
解っていたが……
あまりにも辛い出来事だった
ハデスは魔界にいる皇帝閻魔の所へと向かった
「………皇帝閻魔……我の代わりに冥府を治めてくれぬか?」
「………ハデス……何がありました?」
「我が兄弟は……この地球(ほし)から消えた…
我も……そろそろ時間だ皇帝閻魔……
我の血肉を受け継ぎ冥府に逝ってはくれぬか?」
「………天魔戦争はまだ終わりに導いてはおらぬ……」
「お前が消えれば……闘いは終わるかも知れぬ……」
「………ハデス……それは……あの方の意向なのですか?」
「知らない
もう我には神の声を聞く力は遺っては………
いいや……聞く気などないのだ
兄弟神を亡くした今……我はもう存在すらするつもりはないのだ……」
ハデスは……消えたがっていた
永らくの日々に疲れ切っていた
皇帝閻魔は……冥府に逝けば……
愛する我が子に逢えると……言う想いは消えなかった
「皇帝閻魔……我の血肉を体内に取り込み
総て継承して冥府の王になれ!
ハデスの総てを受け継いで冥府の王になれ!」
皇帝閻魔はその条件を飲んだ
創造神の意向でないかも知れない
だが愛しき子を返して貰えるのなら……
冥府の王になりたかった
愛すべき存在こそが、皇帝閻魔の総てだった
皇帝閻魔が冥府に逝くと決めた日
約束通り……皇帝炎帝は返された
“………お主は何時か後悔する日が来るやも知れぬぞ……”
「それは百も承知しております」
“………背負わぬでもよい苦労を背負うのが好きなようだな……”
「なんとでも言って下さい
我が息子こそが……世界を救う存在になるでしょう!
と……妻が予言した子だ!
妻は‥‥私の総て我が子に与えて下さいと…言い残した…
女神である妻は最期まで我が子の可能性を信じて命を捧げた
妻は……この世界の未来を視る女神だった……」
“………なれば……楽しみだな皇帝閻魔
お主の愛しき子は……我にとっても愛しき子として扱おう
誰よりも……其奴の幸せを願っておる
だがな皇帝閻魔……其奴の未来は……我は介入出来はせぬ……
我は………其奴が……恐ろしい……
化け物だ
この世界を……消すのは一瞬
躊躇する事なく……彼奴はやるであろう
それが我は怖い……”
「妻の願いでもあるのです
何時か……愛する人を見つけて幸せに愛されて生きて欲しい……
未来永劫……変わらぬ愛を見付けて生きて欲しい
我等の願いが詰まっているのです……」
“………その願い……踏みにじられても……よいと申すか?”
「はい!我は息子の手に掛かって死ねるなら本望‥‥最高の至福に御座います」
“………馬鹿者……馬鹿者に何を言っても……せんがないのだな……”
「そうです……永遠の愛を見付けてしまったのです
愛する人は……いなくなっても……
愛する人が遺してくれた形見がある……」
“ 暴走したら……殲滅する
それでよいか?”
「はい!その時は……我もこの世から消し去って下さい……」
“………承知した………”
創造神が初めて皇帝閻魔と交わした約束だった
世界樹は視ていた
そんな哀しい………親子を……
幾多の日々を
冥府の地下深くから視て来たのだ
ニヴルヘイムは日々の世界樹の記憶を浄化して湖に流す
湖は意思を持ったフヴェルゲルミルの泉はニヴルヘイムに「………浄化も難しくなってきたな…」と告げる
人の世の歩み以上にこの世は闇に包まれてしまっているのかも知れない……
ニヴルヘイムも疲れ切っていた
浄化しても人は争う
天界も魔界も……
愚かな戦いをしていた
皇帝閻魔は戻された我が子に、自分の血肉と歹を与えた……
冥王ハデスの力を……我が子にも半分与えた……
父として何もしてやれないのなら‥‥
せめて‥‥愛しき我が子に‥‥自分の持てる力を与えよう‥‥
我が子に継がせようと想った
だが……皇帝炎帝はハデスの力を受け継いだ瞬間
発火した
何日も何日も……業火の焔で焼き尽くされ………
皇帝閻魔は息子を諦めようと想った
だが息子は消滅する事なく遺った
真っ赤な髪と真っ赤な瞳で自分を視る息子は……
何も入っていない
何も詰まっていない
空っぽだった
皇帝炎帝は冥府の異質だった
四天王の中でも浮いた存在だった
皇帝閻魔は……そんな我が子を持てあましていた
皇帝炎帝は誰よりも‥‥そんな父の想いを感じていた
冥府を去ろうと皇帝炎帝は決めていた
冥府を去ろうと決めた日
皇帝炎帝は世界樹を伝って冥府の地下層まで下りて行った
その時にニヴルヘイムと対面した
「お前は誰だ?
何故……冥府の地下層まで来れるのだ?」
「オレの名は皇帝炎帝
皇帝閻魔の子だ」
皇帝炎帝がそう言うとニヴルヘイムは不思議そうな顔をした
「お前が皇帝閻魔の息子か……」
噂では聞いていたが、実際に目にした事はないから、目の前の存在が誰だか解らなかった
「オレは親父殿の血肉を受け継ぎ……
愛する妻と子の血肉と弟の魂で出来ているんだよ」
「………お前は……空っぽだな……」
中身の何も詰まっていない……
空っぽの人形みたいだった
「オレは……中身のない空っぽの傀儡だ
親父殿を苦しめたくねぇからな……
魔界から呼び出しがあったら逝こうと想っているんだよ」
意図も簡単に皇帝炎帝はそう言った
不思議な生き物だとニヴルヘイムは想った
「お主は何故、こんな下層階級まできたのだ?」
「また逢うかんな
その前の顔見せだ!」
「……お主とはまた逢うのか?」
「あぁ、星が告げてるからな……
オレは世界視の女神の力を総てを引き継いでいる
皇帝閻魔の目を貰って星を詠む‥‥‥星はオレの進むべき道を示して教えてくれている
その星が告げてるかんな、また逢える」
「………ならば、また逢おう」
「その日まで世界樹を守り通してくれ!」
「承知した……全く……不思議だなお前は……」
「そうか?
オレは近いうちに魔界に行く
そしたら冥府には戻れねぇからな……
本当におめぇに逢えるかは解らねぇけどな……
逢っておかねぇとならねぇ気がしたんだよ」
「なれば皇帝炎帝、また逢おうぞ!
我が………浄化に飽きて消滅する前に……
出来たら来てくれ」
「それはまた難しいことを言うな」
皇帝炎帝は笑った
「時が来たらお前の前に現れる
その時まで忘れるんじゃねぇぞ!」
「………その時までに……
空っぽのお前が詰まっているとよいな……」
「………そんな物好き……いねぇだろ?
オレを畏怖した瞳でしか見ねぇ輩が多いかんな
そんな相手と出逢えたなら……オレは死んでも良いと想うだろうな……」
「皇帝炎帝、この世の軌道修正をせよ!
我が……闇に飲み込まれてしまわない様に……
お前が照らして逝くとよい」
「ニヴルヘイム、また逢おう!」
ニカッと笑って片手をあげて……皇帝炎帝はニヴルヘイムの前から消えた
冥府に戻った皇帝炎帝は皇帝閻魔に魔界に呼ばれる事を告げた
「親父殿、オレは魔界に呼び出されてやるとする」
「………冥府の門を護る四天王を投げ捨てて……
魔界に呼び出されるというのかい?」
「………親父殿が…オレを…持てあましてるのが解る……
オレはこのままじゃ……何時か取り返しのつかない暴走をするだろう
親父殿はそんなオレを危惧しているのは解るんだよ……」
「我は…お前を誰よりも愛している……
四天王を生み出し、門番をさせるために創った者達よりも……我はお前を愛している」
「親父殿……離れよう……
オレは……何処へ行っても奇異な存在だ
魔界に逝っても……空っぽの傀儡にしかなれねぇのは解るんだよ……
だけど……ここにいるよりはマシだ……
親父殿をこれ以上苦しめたくねぇんだよ」
皇帝閻魔は最後の最期まで反対した
その反対を押し切って……皇帝炎帝は魔界へと呼ばれて逝った
炎帝として生を成した
世界樹は視ていた
そんな世界の移りゆく世界を……
ずっと見ていた
兵藤は世界樹の視せる夢を……ずっと視ていた
兵藤の目の前に……ニヴルヘイムと言う神が姿を現した
『我が名はニヴルヘイム
創世記前から冥府の地下層に根を生やした世界樹の根っこの一つに棲む者
我は……疲れておる
果てしのない闇に……浄化が追いつかぬ……この世に疲れておる
我がこれまで来たのは何時か皇帝炎帝に逢えると言う……願いだけ……
私の時間が尽きる時……この世は闇に囚われるだろう……』
兵藤は神々しいまでの神を視ていた
ニヴルヘイムは優しく微笑むと……
『あの方に……待っておると伝えてくれ……』と言いスーッと消えていった
兵藤は意識を醒ました
無意識のうちに兵藤は泣いていた
哀しい物語を見せられた
この世の始まりから……
世界樹が視て来た情景だった
そして皇帝閻魔の愛する子は……アイツだろう……
『オレは気の遠くなる程の時間を生きてきた』
その言葉の重さを……兵藤は噛み締めた
神の元に逝っていた時の皇帝炎帝の時間は視えなかった……
どんな日々を送っていたのかは解らない……
そしてニヴルヘイム……
恐ろしい程の永い時間を生きる神の重圧や変遷の日々………
意識に流れ込んだ日々は……穏やかな日々ではなかった
心痛め
苦しみ
それでも視ているしか出来ない………
ジレンマ
世界樹の樹はそんな日々を兵藤の意識の中に投影させた
兵藤は意識を取り戻しても、起きる事が出来なかった
『じゃおめぇは視ねぇとな』
と言った康太の言葉の真意が……伝わって来た
皇帝炎帝は朱雀という魂を司る神に……
やらせたい事があるのだろう……とボンヤリ考えていた
そんな静けさを……破るかの様に
「「「「「ひょーろーきゅん!」」」」」と声が聞こえた
兵藤が声の方を見ると、子供達が応接間のドアを開けて入って来る所だった
「おっ!幼稚舎は終わったのか?」
兵藤が問い掛けると流生が
「ちょうたい!」と伝えた
兵藤は康太を見た
「子供が狙われてるって言ったやん
弥勒に術を掛けさせに逝くんだよ
その前に腹拵えをしねぇとな!
だからおめぇを呼びに来たんだよ!」
「………すまん……少しボケてる」
「……で、視れたのかよ?」
「あぁ……視た……そしてニヴルヘイムと言う神が俺の前に出て来た…」
「………そっか……で、どうするよ?」
「え?何を?」
「弥勒の所におめぇも逝くのかよ?」
「……邪魔じゃねぇなら……」
兵藤が言うと部屋を切り裂くような声が轟いた
『我はお主を一度でも邪魔にした事はないではないか!』
弥勒は怒っていた
兵藤は笑って
「悪かった……俺も甘露酒買って持ってくからさ」
『なら魔界から還ったら宴をせねばな!』
「おぉ!それ良いな!」
『康太、待っておるから……子供達を連れて来い』
そう言い弥勒は気配を消した
「着替えて来るからな少し待っててくれよ!
あ、一生に病院の駐車場で待ってる様に連絡入れといてくれ!」
康太はそう言い榊原と共に、応接間を出て行った
康太と榊原は部屋に着替えに向かい
慎一は子供達を着替えに連れて行った
寝室に入ると康太は榊原に抱き着いた
榊原は笑って康太を抱き締めると
「どうしたのですか?」と尋ねた
「………四半世紀オレは空っぽの傀儡だった……
きっとお前と出会っていなければ………
オレは今も空っぽだった」
「愛してます奥さん
君と出逢えて本当に良かった
あの時、君の手を離さなくて本当に良かった
僕の心を鷲掴みにして惚れさせた
認めたくなかっただけで僕は君に惚れてました
君にしか心動かされなかった
きっと……君の手を掴まなかったら……僕は狂ってたでしょう……
狂って君のいる場所まで逝くでしょう……
離れたくないのです……
離れたら狂ってしまう程に……僕は君を愛しています」
康太は榊原の胸に顔を埋め……擦り寄った
「今夜は魔界ですね
洗ってくれるのですよね?」
榊原は楽しそうにそう言った
「洗ってやる
ピカピカに洗ってやる
龍のお前は綺麗すぎて……触れれるだけでオレは幸せすぎて死にそうになる……」
「君のモノです
僕の総ては君だけのモノです」
「………伊織……」
自然に唇が合わさり口吻ける
その口吻けは深くなり互いを求める接吻になる
その時寝室のドアがノックもなしに開いた
「………やっぱし……おめぇらは二人っきりになるとイチャイチャとベッドに雪崩れ込むんだからよぉ!」
一生の声がして康太はドアの方を見た
「………一生?」
「お前等はイチャイチャするだろうと見越して来た!
イチャイチャは魔界に還ってやれよ!
魔界に還ったら俺は賢者の所へと蛇になる変身の仕方を聞きに行かなきゃならねぇからな……」
一生が言うと榊原も
「僕だって賢者に脱皮の仕方を聞かねばなりません!
妻の望みは何でも叶えてやると約束したのです!」
と惚気られて一生は「……ケッ!」と毒突いた
兄弟喧嘩が始まる前に兵藤が現れて
「腹拵えをしたら酒屋に寄るんだからな早く逝くぜ!」と急かした
榊原は康太を離すと寝室を後にして鍵を掛けた
そして子供達を抱き上げて階下へ下りて行った
子供達を慎一の車に乗せ
榊原は聡一郎と一生と兵藤を乗せて車を走らせた
車に乗り込み少し走った頃、一生が康太に携帯を渡した
「若旦那からだ
おめぇが全然捕まらないって言ってたからな還ったと教えた
他にもおめぇに逢いたいと電話が鳴り止まねぇけどな……」
康太は電話を受け取った
「若旦那、お久しぶりです」
『康太!逢いたかったです!
少しお時間ありますか?』
「これから子供達とフアミレスに逝くので、その時間であれば……」
『ではそこへ向かいます
何時も行ってるフアミレスですか?』
「そうです」
『お昼を御用意します……と言っても時間がないのでしょうね?』
「ええ。あと数日はバタバタします」
『………人気を払った所で話があります』
「………子供も一緒ですよ?」
『子供達は田代が食事をさせます
ダメでしょうか?』
「一生と聡一郎と兵藤も一緒ですが……」
『構いません!
花里と言う料亭、知ってますか?』
「伊織に聞いてみる」
『伊織に電話を変わって下さい』
戸浪に言われて康太は榊原に「路肩に止まってくれ」と頼んだ
榊原が車を路肩に停めると電話を渡した
「お電話変わりました」
『伊織、済まないね』
「構いません」
『住所を言うので来て貰えるかな?』
榊原は戸浪が言う住所をナビに打ち込んだ
そこは三木が良く連れて行ってくれる料亭だった
「そこは三木が利用してる料亭ですので道は解ります
これから逝くので待ってて下さい」
榊原はそう言い電話を切ると、携帯を一生に返した
「一生、慎一に花里へ向かうと言って来て下さい」
榊原に言われて一生は後ろを振り返った
慎一も路肩に車を停めていた
一生は車から下りると慎一の車へと近寄った
「花里って料亭知ってる?」
「三木がよく使う料亭ですね」
「そうそこ!そこで若旦那が待ってるそうだ」
「若旦那?………そう言えばずっと話があると言ってましたね」
「康太が還ってきたからなメールを入れたら逢いたいと言って来た」
「では後ろを着いて行きます!」
一生は車に戻った
「旦那、後を着いて来るって」
一生が言うと榊原はエンジンを掛けた
そして花里へ向かって走り出した
20分ちょい掛けて花里まで逝くと、戸浪が駐車場で待っていた
榊原が駐車場に車を停めると、康太は車から下りた
榊原も一生も兵藤も車から下りると、慎一の車へと向かった
慎一の車から子供達を下ろすと、田代が子供達に近寄った
流生の後ろ姿は戸浪の子供時代に似ていた
顔は一生だが亜沙美から受け継いでいる場所も確かにあって……田代は感慨無量となった
「あ、たちろ!」
流生が田代に気付いて駆け寄って来た
田代は流生を抱き上げた
「流生、元気でしたか?」
「げんちらったにょ!」
一頻り流生を撫でて翔を抱き上げた
「翔、顔の傷……どうしました?」
「かけゆはみぢゅくゆえに……けぎゃちまちた」
言葉は確りと吐き出される
田代は翔を見ていると友を思い出した
幼稚舎からの腐れ縁
飛鳥井瑛太も子供の時から敬語だった
「翔……お前が未熟なら俺は……どうするのよ?」
田代は哀しくなり……そう言った
「かけゆ あちゅきゃいのしんぎゃん!」
だから未熟だとダメだと口にした
「そうだったな……でもそんなに頑張るな」
田代はそう言い翔を下ろした
翔は榊原の足に抱き着いた
榊原は翔を抱き上げた
甘える姿は子供だった
田代は「音弥、太陽、大空、元気でしたか?」と問い掛けた
すると三人は頷いた
戸浪も五人の子を微笑みながら見つめ……
それを断ち切る様に康太に声を掛けた
「お子は田代に任せて……ご一緒にお願い致します」
戸浪はそう言い歩き出した
料亭の女将が戸浪を待ち構えていて離れへと案内した
子供達は本館の部屋へと連れて行き
康太達は離れと向かった
離れの部屋に案内され座に着くと料理が運ばれた
料理を運びきると戸浪は人払いした
康太は戸浪が本題を切り出すのを待っていた
戸浪は「先に食べましょう」と料理を勧めた
康太は榊原に取り分けて貰い、食べ始めた
食事をしつつも瞳は戸浪を向けられていた
戸浪を視て………
康太はニャッと笑った
「閣下に言伝を言い付かってきたか……」
戸浪は驚いた瞳を康太に向けた
「………それだけではありません……」
「トナミ海運の荷物が消息不明が続き信用問題にもなってるんだろ?」
「調べておりましたら……閣下と言う存在が私の前に現れました
貴方の知り合いだと言われた……あの方は?」
「顔を見れば解るだろ?
昭和の遺産だ……役務を終えれる予定だったけどな……まだ終えさせてやれてねぇ……
昭和は終わったのに……彼は……今は亡き者の影を司っている………
この仕事が完遂すれば……彼は……やっと永きの呪縛から解き放たれる」
「………お逢いした時は驚きました……」
「………だろうな……」
「………閣下が貴方に……協力して貰えと……仰いました」
「協力してやるけどな、オレは今宵より数日は連絡もつかねぇ場所へと逝く
動くのは布石を打った後になる」
「………今夜から……お留守になさるのですね」
「今動かねぇと……総てが狂った世界に突入するだろうからな……逝かねぇとならねぇんだ」
「………何処へいらっしゃるかはお聞きしません
どうか……ご無事で生還される事を……祈っております」
「若旦那、待たせる分は動いてやんよ
今 聡一郎に荷の動きを調べさせてるからな」
「………え?……解るのですか?」
「オレは田代に探知機を入れた荷物を数個作れと指示しておいたかんな
それが上手く引っかかってれば行き先と目的は解るだろ?」
「………え?……そんな事田代には聞いておりません」
「主に心配掛けたくなかったんだろ?
田代を責めるなよ?」
「………責めません……ですが文句は言ってやります」
「文句を言っても最近は負けてばっかだろ?」
「……!!」
戸浪は言葉に詰まった
そうなのだ!
最近の田代は強気で戸浪に怒鳴ったり軽くあしらったりするのだ……
敏腕秘書とはよく言ったもんだ……
「………康太……私の秘書は優しくありません」
「オレの秘書なんて……主を蹴り飛ばすぜ?」
「……力哉?」
「違う!もう一人の方の秘書だ」
戸浪は驚いた顔を康太に向けた
力哉以外の秘書がいるなんて聞いてなかった
「………それ初耳です
もう力哉は………お役御免なのですか?」
「違う!力哉は馬関係の仕事と真贋の仕事と両方熟していた
だけど見るからにオーバーワークだ
会社に泊まり込ませる日々も続いたからな……
このままじゃ……倒れるのは目に見えていた
だから真贋の仕事と馬関係の仕事とを切り離したんだよ
でねぇと力哉は無理してでも仕事するからな……」
「そうだったのですか……」
相変わらず康太に大切にされていて、戸浪は胸をなで下ろした
そして真贋の仕事をしている秘書と言うのは誰がやっているのか……気になった
「………もう一人の秘書の方は?」
「西村沙織と言う元ミスユニバースだった才媛だ
アイドルの如月三姉妹の母親でもある」
「一度……逢わせて下さいませんか?」
「ならオレが還ったら会社に来ると良い
それかオレが西村を連れて……トナミに逝く事にするか?」
「楽しみです
偶然ですが如月三姉妹のスポンサーはトナミがなっております」
「だってな晟雅に聞いた」
「………康太……貴方に逢いたかったです……」
「オレは閣下の仕事で日本を離れていたからな……」
「そうだったのですか……」
「韜晦されたからな……今後の手立ても考えねぇといけねぇんだよ
アイツ等は……オレの弱点を見つけたからな……
容赦はしねぇだろうからな……
こっちも手だてを考えねぇいけねぇんだよ……」
「…………大変な時に……すみませんでした
……聞いても宜しいですか?
貴方の弱点とは……伊織ですよね?」
「伊織を勾引(かど)わすのは結構大変だかんな……もっと手頃の存在がいるだろ?オレには……」
「………伊織ではないのですか?」
「闇や魔を扱う奴には伊織の正体は解るからな……
勾引わすのは……覚悟がねぇとな
それよりも簡単に狙えるのはオレの子供達だろ?」
戸浪は息を飲んだ
子供達……そうか……
榊原を狙うよりも簡単に飛鳥井康太の弱味を付け狙えると言う事か……
戸浪はそこに来てやっと康太が動いている理由が理解できた
「………お子が……狙われてるのですか?」
「だからこれから弥勒の所に逝って術を掛けさせるつもりだ
音弥や流生には手を出さないだろうが……翔や太陽と大空は確実に狙われるだろう……」
「………翔は飛鳥井康太の後を継ぐ者ですよね?
だから……狙われるのは解ります
何故太陽と大空なのですか?」
「………若旦那に話したと想うが…
緑川一生と言う男は………魔界では赤龍と呼ばれている龍だ
その力を受け継いだ流生を狙うのは覚悟がいるって事だ
そして音弥は九曜神の血を引いている
人の世を終えた時、音弥は九曜神の一柱になる
そんな神に関わりのある奴は狙わねぇだろ?
だったら翔、太陽、大空が狙う方が容易だって事だ
オレの弱点には変わりがねぇからな
言うことを聞かせるには十分な効力はあると想っている」
「………飛鳥井の子に手は出させません!
手を出すなら……生かしておく気はありません!」
戸浪は興奮して言った
「若旦那、オレはまだ当分は忙しい……」
「解っております……
時間が出来たなら……一緒にゆっくり食事を致しましょう!
美味しいお店を見付けたのです」
「それは楽しみだな!」
「………ご無事で……必ず元気なお姿を……見せてください……」
「約束しよう!
還ったら連絡を入れるかんな
その時は飯でも馳走してくれよ!」
食事を終えると康太は立ち上がった
戸浪も立ち上がると、康太を抱き締めた
「………ご無事をお祈りしております……」
「荷物の事は聡一郎が追跡する
貴史の叔父が警察の機関を動かしてくれるし
繁雄や動いている筈だ
近いうちに何らかの経過は出て来る筈だ
オレが還るまでに片付いていれば良いが、片付きそうもねぇなら、オレが出て片付ける
それで良いか?若旦那…」
「はい……お忙しいのにお時間を取らせて本当に申し訳御座いませんでした」
「気にしなくて良い
オレも逢いたかったし……逢えて良かった」
康太は戸浪と離れると、スタスタと歩き出した
その横を榊原が歩き、その後ろを一生と慎一と兵藤が着いて行った
戸浪は田代に電話を入れて子供達を連れて来させた
田代は康太の顔を見ると「食事はさせておきました」と伝えた
「子守させて悪かったな」
「いいえ!お気になさらずに……」
田代は優しい笑顔を浮かべた
その顔に疲労の色を垣間見ると、康太は田代をまじっと視た
田代は私生活を一切見せない有能な秘書だった
だが田代にも家庭はあり家族もいる
「……若旦那、オレのいない間、オレの秘書を来させるから田代に休暇をやってくれ!」
康太は田代から目を離さずに………そう言った
田代は顔色を変えた
「………康太……何を言ってるのですか?」
「久遠に頼んで専門の医者を探して貰ってくれ若旦那……」
「……え?……誰か……悪いのですか?」
「ずっと……寝たきりの子供がいるんだよ田代には……」
康太が昔、食事が上手く取れない時に、薬膳粥の店を紹介してくれた時があった
その時、田代は自分の子も体が弱く食べれない時があるので……と言っていた
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