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第14話いにしえの貘夢(ゆめ)②
「若旦那、このまま働いていたら田代は確実に近いうちに倒れる
家に帰れば妻の負担を軽減する為に子供に付き添い、会社ではそんな姿は一切見せない秘書になる
どっちの生活も息が抜けねぇ……
このままなら……田代の体は確実に悲鳴を上げる
時間の問題なんだよ田代」
田代はガクッと肩を落とし……息を吐き出した
その顔には疲労の色が滲み出ていた
こんな疲れた顔………
戸浪は見た事がなかった
どんな時でも社長の管理は万全な有能な秘書だったのだ……
「んな限界をとうに過ぎた顔をするな!
無理を続ければ、お前を頼っている妻や子供達も心配させる事になるって何で解らねぇんだよ!」
康太は怒った
限界をとうに超えて、気力だけで自分を動かしている自覚はあった……
だが……倒れるわけにはいかなかった……
踏ん張って……自分を叱咤し続けていた
康太に逢うと聞いた日
逢ったら詠まれると言う想いと……
あぁ……この緊張し続けた状況を打破出来るかも……
と安堵したのは確かだった
「おめぇの子は死なねぇ!
その子にはその子の使命があんだよ
誰よりも弱くてギリギリの所を生きていた者だけにしか解らぬ気持ちから、子供を救う立場になりたいと想ってる
その子は生きる
生きて自分と同じ境遇の子の助けになろうと動き出す
それが定め……これは運命なんだよ田代
その子の持ってる強運がオレを引き寄せているんだよ
絶対に死にたくない
そんな想いが、この世にしがみついている想いなんだよ!
だったら弱い自分を見せてでも助けを求めろよ田代!
それは恥じゃねぇ!」
田代はボロボロと涙を流した
「父親の私が……弱音など吐いて良い筈はない……」
「気張り続ければ……何時か壊れるぜ?」
「………それでも……命続く限り護ると決めたのです」
「今のお前は空回りしてる
お前が倒れたらドミノ倒しで全部がバタバタ倒れるぜ?
それが望みか?田代……」
「………違います!………そんなの望んでなんかいません……」
泣きじゃくる田代を目にしたのは…初めてだった
この男に感情があるのだと……戸浪は今更ながらに想った
それ程に田代は完璧に戸浪の社長秘書をやっていたのだ
「田代、運命なんだよ
この時、オレがおめぇを視るのは定めだ」
「………貴方に視られたくなかった………
それと同時に貴方に視て欲しいと想った……
楽になりたい……なんて親の私が想うべきでないのに……」
「田代、親だって心安まる時間は必要だ
親は……堪え忍ばなきゃ駄目だって誰が言ったんだ?」
「………康太……」
「これは逃げじゃねぇ!
おめぇの子供の運だ
持って生まれた強運が今、それを手繰り寄せているんだよ!
だからお前は息切れする前に少し休め!良いな?」
「………はい……」
田代は顔を覆って泣いた
康太は戸浪に向き直った
「若旦那、伊織が西村を手配してくれる
若旦那は会社に戻れ!
田代は若旦那を会社まで送って、西村が来たら帰れ!
会社を後にしたら飛鳥井記念病院の久遠と言う医者を訪ねろ!
久遠の方には一生が連絡を入れておいてくれる!
解ったな?」
「はい!………何から何まで……ご迷惑をお掛けして申し訳ないです」
戸浪は康太に礼を言った
田代は顔を上げると涙を拭いた
もう……弱い田代じゃなかった
駐車場まで一緒に行き、別れた
康太は榊原の車に乗り込むと息を吐き出した
榊原は携帯を取り出すと西村に電話を入れた
一生は車に乗る前に久遠の所に電話を入れた
久遠は快く了承してくれた
電話を終えて車に乗り込むと、榊原がため息を着いて電話を終えた所だった
一生は浮かない顔をした榊原に
「どうしたんだよ?旦那」と声を掛けた
「………西村が……」
「断ったのかよ?」
「いいえ……物凄く喜んでいたのです」
「………え……それって……」
一生は顔色をなくした
「………西村が喜んでたって事は………
若旦那……田代の方が楽だった……って絶対に想うだろうな……」
「………あの方は……手加減と容赦という言葉を……
置き忘れて来られたのですかね?」
榊原はエンジンを掛けて車を走らせた
一生は気になっていた事を問いただした
「………西村って……魔界の者?」
「さぁ……どうなんでしょうね?」
榊原は知らないとばかりにとぼけた事を言った
兵藤は「………聞くな……知らぬが仏という事もある……」と注意した
康太は「貴史はやっぱ解るんだ」と笑って言うと
「………畏れ多い……」と吐き捨てた
一生はもう何も聞くまい……と想った
榊原は酒屋で車を停めて甘露酒を2ダース
トランクに詰め込んだ
兵藤も甘露酒を二ダース買って、トランクに詰め込んだ
そして弥勒の家へと向かった
弥勒の道場の前の駐車場に車を停めると、弥勒が待ち構えていた様に近付いて来て、康太を抱き締めた
「我の子を……子供達に逢わせてもよいか?」
弥勒の子供は流生達よりも一年小さかった
「皇(すめらぎ)と言う」
弥勒の足下には流生達よりも小さな男の子が立っていた
康太は皇を抱き上げると瞳を覗いた
「宜しくな皇
オレ達の子を……宜しく頼む」
皇は康太の顔をペタペタ触っていた
ニコッと笑って唇にチュッとした
榊原はピキッと怒りマークを額に貼り付け……
子供を引き剥がすと、一生に押し付けた
一生は皇を流生達の前に下ろした
流生は皇から離れて……榊原の足に隠れた
音弥も聡一郎の後ろに隠れた
あからさまな行動に一生は苦笑した
「…………弥勒…四霊が一人…麒麟とは……」
五行の麒麟と四霊が一人の麒麟とは格が違った
霊妙な四種の瑞獣のことを四瑞(しずい)と言い
麒麟(きりん)は信義を表し
鳳凰(ほうおう)は平安を表し
霊亀(れいき)は吉凶を予知し
応竜(おうりゅう)は変幻を表すという
短く麟(りん)・鳳(ほう)・亀(き)・竜(りゅう)とも言う
弥勒は辟易した顔で
「知らねぇよ……授かりし子だ!
我の種で出来た子だ!文句は言うな…」と言葉にした
子供達は本能で逃げていた
太陽と大空は「ちならよ!」「きゃならよ!」と自己紹介していた
翔は「かけゆ にゃのら!」と握手していた
「ちゅめらり!」
皇も自己紹介した
流生は榊原の足からチョロッとみて「りゅーちゃ!よろちくにゃにょら!」と挨拶だけした
音弥は皇の前に出て「おとたん よろちく」とご挨拶した
一生も出来るなら逃げ出したかった
一生の苦手なのは麒麟なのだ……同じだった
一生と言うよりも龍の苦手な生き物と言っても良い
兵藤は不機嫌そうに皇を見ていた
榊原に限っては………
麒麟など目でもないのか……
挑発的にフンッと嗤って皇を見ていた
一生は……子供相手に止めろ……と止めようとしていた
だが……魔界の法皇は……尊厳に嗤い意にかえさなかった
「………旦那……」
「康太にチューなんてすれば殲滅されると知れば良い!」
駄目だっ………大人気ない……
「僕の康太ですから!」
皇は「………ちっちゃい!」と言い捨てた
榊原はピキッと怒りマークを浮かべた
康太は「伊織、止めとけ!青龍が一番凄いってオレが解ってれば良いだろ?」と宥めた
「康太!」
榊原は康太を抱き締めた
弥勒は苦笑して皇をポコンッと叩いた
「喧嘩は……人を見て売るがいい」
魔界の法律に喧嘩を売っても勝てる筈などないのだ……
兵藤は皇を見て………
「まさか……四霊が揃うのか?」と康太を見た
「さぁな、オレは知らねぇ
オレは今は人の子だかんな!」
と言い捨てた
一番関与してそうな奴がそんなことを言っても、信憑性は………ない!
康太は雑談は終わりだとばかりに、サクサクと道場に入って行った
弥勒は皇を家へと帰した
康太は道場の床に座り込んだ
そして翔の手を引っ張ると膝の上に乗せた
翔は母親を不思議そうに見上げていた
「どうした?翔」
「……いちゅもは……らっこちてくれにゃいのに……」
「今は修行じゃねぇからな!
後、翔の身に何かあったら大変だかんな
弥勒に頼むためだ!」
康太は翔を撫でた
厳しくし過ぎたのか……翔は子供らしさを……
封印したみたいに……畏まる
康太には遺された時間はそんなに沢山はない
いつの世も康太は短命だった
今世だとて……そこまでは永らくは生きられまい
それが解っているから厳しく教えてしまう……
怒ってしまう……
自分がいなくなった後に困らない様に……
飛鳥井家真贋として立ち向かられる様に……
キツく当たってしまっていた
本当は……もっと甘えさせてやりたい
愛しているのだ……我が子を……
だが……ずっと傍にはいられない
飛鳥井康太が死せると同時に翔は飛鳥井家真贋になる
真贋になる以上は……立派な真贋として後ろ指指されない様に……
そんな事を考えると……
ついつい厳しくなってしまうのだ
「………翔……ごめんな
オレは……そんなに長くはお前の傍にいてやれねぇからな……」
厳しい鬼になるのは……
総てはお前のためだ……
翔……
翔……
康太は翔を抱き締めて……堪えきれずに涙した
榊原は康太を引き寄せて……
「翔は解ってます……」
と言葉にした
翔はこの年にして実の親が誰なのか……
理解していると、榊原は感じていた
飛鳥井康太を母親だと決めて慕う
だからこそ繋がっている血が見えるのだろう
翔は瑛太に近寄らない
近寄ったとしても敬語で他人行儀だった
翔は榊原の方を視て「かけゆ らいじょうび!」と笑った
榊原は翔の頭を撫でた
榊原は誰よりも優しい父になろうと決めていた
康太が厳しい鬼になるのであれば
榊原は誰よりも優しい父になる
かって瑛太が康太を愛して護った様に、榊原は子供達を愛して護ると決めていた
「翔、父さんは翔を愛してます」
誰よりも、愛して曲がらない様に護る
翔は父の胸に顔を埋めた
そして母の胸に擦り寄った
愛されているのが解る
翔の大切な両親だった
翔は淋しそうに見つめる兄弟に声を掛けた
「おとたん りゅーちゃ きゃな ちな おいれ!」
両手を広げて、両手をみんなで分ける
流生は母の胸に飛び込んだ
音弥は翔の背中に抱き着いた
太陽は榊原に抱き着き
大空は母に抱き着いた
「オレの宝物だ!」
「僕の宝物です!」
康太と榊原は子供達を抱き締めた
弥勒はそんな康太を見ていた
幸せそうに笑ってくれているだけで良い
この世に生きて……
笑っててくれるだけで良い
そしたら生きていける
弥勒の願いだった
見ていられるだけでいい
それだけで……生きていける……のだから……
なくしたら……
生きていたくない
生きるのを放棄したくなる程……
弥勒にとって……炎帝と言う神は……総てだった
共に……
それしか願っていなかった
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