15 / 100
第15話 仰いで天に愧じず
仰いで天に愧じず
(あおいでてんにはじず)
心にやましいところは全くない
すべてをお見通しの天の神に対しても恥じるところはないの意で
清廉潔白せいれんけっぱく・公明正大の形容に使う
孟子もうしが、君子の三つの楽しみのうち、二つ目の楽しみとして説いたもの
心にやましさがあっては安楽には過ごせない。
弥勒は子供達に術を掛けた
闇(魔)に囚われない術を掛けた
闇(魔)を自由に扱う輩から護る為だった
弥勒は兵藤に「持参されたのを子供達に!」と言った
兵藤は弥勒にポケットの中のモノを手渡した
「これか?頼んでおいたモノは?」
「そうだ!貴殿が天界まで飛んで逝けと言ったんだろうが!」
「飛んで逝けとは言った
言ったから頼んだモノかと聞いているのだ」
ブチッと兵藤は忍耐が切れる音を聞いた
ったく神って奴は何処か歪で尊大だ……
「そうですよ!
貴殿の指示通りに俺は動いて還って来たのです」
褒められても、貶される謂われなんてあるか!
兵藤は怒っていた
弥勒は手の中のモノを手に取ると、子供達の首にはめていった
そして残りを慎一に渡した
「三木と堂嶋と安曇と戸浪には渡したのか?」
「三木と安曇さんの分は正義に渡しておきました
戸浪さんには先程康太が渡してました」
兵藤が弥勒に報告していると、一生は子供達の首に下げられたネックレスを手にして見た
そして「これは?」と問い掛けた
すると兵藤が額に怒りマークを浮かべながら
「これは天界の尊き光で作られし鏡
それを天使が聖銀で祈りを込めて織った鎖だ
これは一切の闇と魔を祓う
闇や魔のモノは不用意に近付く事も出来ないと言う訳だ」
聖なる銀杯から紡がれ織られた鎖は穢れた存在が触れれば……皮膚が焼ける
天界の尊き光で作られた鏡は、闇に染まったモノは近付く事すら適わないだろう
それを朱雀が天界に出向き、やったというのか?
一生は不思議そうな顔を兵藤に向けた
「……お前が……天界に逝ったのか?」
「そうだ!寝てる所を弥勒に叩き起こされた
そして息つく暇も与えられずに天界に逝けと謂われて………逝きましたとも!」
半ばヤケクソになって兵藤はそう答えた
弥勒は「お前しか飛べる奴はいないではないか!」と兵藤が逝くのは当然だと謂わんばかりに謂われた
「それだもんな……どんだけ尊大なんだよ……」
「我は尊大ではないぞ?
どこいら辺が尊大なのだ?」
神ってヤツは…自分を解っていなんだよな……
兵藤は辟易して……そう思った
弥勒は康太に「今宵は魔界か?」と尋ねた
「だな!そしてオレは冥府に出向く!」
「何の為に……だ?」
「輪廻を司る朱雀にしか出来ぬ仕事して貰う為に決まってんだろ?」
「人使いが荒いって文句謂われるぞ?」
弥勒は天界へ逝かせて、今度は冥府に連れて逝くという……
どれだけ酷使するんだ?………と何だか朱雀が哀れになって来る
「文句は謂われても、謂わせない程のお返しは用意してあるからな!」
そう言い康太はニカッと笑った
弥勒は「ちなみにそれは何なのだ?」と問い質した
「まっ、それは追々とな!」
教える気は皆無なのが伺えれた
弥勒はそれ以上は何も言わなかった
康太は慎一の手の中のネックレスを見て
「それはお前のだ
肌身離さず身に着けてろ!」と言った
「………え?俺……もですか?」
「お前は来世もオレに仕える者
オレの一部も同然だと言う事を忘れるな!」
………慎一はネックレスを強く握り締めて胸に抱いた
榊原は慎一の手の中のネックレスを取ると、首にはめてやった
弥勒は慎一の額に韻字を切った
「何人なりともお前には近づけぬ様にな」
そう言い弥勒は笑った
康太は「弥勒、手間を掛けた」と深々と頭を下げた
弥勒は康太の頭を上げさせた
「冥府には我も共に逝く……」
「………冥府に逝く前に魔界に逝くんだぜ?」
「今宵、うちに来い
魔界までの道は切り開いておこう」
「なら今夜、また道場に来るとするわ!」
弥勒は康太を抱き締めた
「待っておる」
そう言い離すと、スッと離れた
康太は道場を出て車に乗り込んだ
「伊織、会社に顔を出す」
「子供達はどうしますか?」
「連れて行く……隠せねぇなら表舞台に立てようと想う!」
「解りました
慎一にそう言ってきます」
榊原は車を下りると慎一の所へ伝えに行った
一生は「………もう隠さねぇのか?」と問い質した
「オレの子供は6人!
明日の飛鳥井を担う存在だ!
もう変わりはいねぇんだよ
だったら表舞台に立たせるしかねぇんだよ」
「………危険じゃねぇのか?」
「もう……引き返す道はねぇんだよ」
「………っ!……」
一生は唇を噛み締めた
引き返す道はない……
隠しても……狙われる
表舞台に立たせても狙われる
どちらも狙われるのなら、道は一つ
表舞台に立たせる道を選ぶ
飛鳥井康太の子として、表舞台に立たせる
康太の覚悟だった
「………微力ながらも……捨て駒になろう……」
子供のためならば……
この命擲ってでも護ると決めていた
榊原は飛鳥井建設の地下駐車場へと車を停めると車から下りた
助手席のドアを開けて康太を下ろすと、一生と兵藤と聡一郎も車から下りた
慎一は車から下りると子供達を車から下ろした
康太は「翔!」と名を呼んだ
翔は「あい!」と返事して康太の傍へと近寄った
「今日此よりお前は母と共に動け!」
「あい!わかりまちた!」
翔は返事をして胸を張った
康太は翔に手を差し出した
翔は康太の手を取った
康太は翔と手を繋ぐと歩き出した
その姿を流生が悲しそうな瞳をして見ていた
流生は翔だけ“特別”に、かぁちゃが接するのが嫌だった
そんな時の二人は遠くて近寄れないから………
康太は振り返ると「流生、来るか?」と声を掛けた
流生は走って康太の手を取った
慎一がエレベーターのボタンを押そうとすると、康太はそれよりも早く1階を押した
扉が開くと康太はエレベーターに乗り込んだ
榊原は大空を、一生は音弥、聡一郎が太陽と繋いでエレベーターに乗り込んだ
一階にエレベーターが止まると康太はエレベーターから下りて受付嬢の所へと足を伸ばした
受付嬢は康太を見掛けると、深々と頭を下げた
「社長にですか?」
「違う!オレの子の顔見せに会社に連れて来た」
「真贋のお子……ですか?」
「そうだ!」
受付嬢はカウンターの中から出ると子供と同じ目線にしゃがんだ
「うわぁ可愛い……」
康太は翔を一歩前に出した
「この子が次代の真贋 翔だ!」
翔はペコッと一礼した
その姿は飛鳥井瑛太を見ている様に……堅苦しかった
「翔様ですね
お顔、拝見させて下さり光栄に御座います」
受付嬢は立ち上がると翔に深々と頭を下げた
次代の飛鳥井家真贋と言う存在が………ヴェールを脱いだ瞬間だった
受付嬢には翔だけしか紹介しなかった
康太はそのまま階段で上がり始めた
途中で陣内博司と出くわした
「康太!!何時還られたのですか?」
陣内は康太に抱き着こうとして足下の翔に目を止めた
「………翔……ですか?」
飛鳥井瑛太を濃縮した顔に……陣内は問い掛けた
「そうだ!次代の真贋の翔だ!」
陣内は翔の前に立つと深々と頭を下げた
「陣内博司に御座います
お見知りおきを!」
翔は頷いた
「真贋 貴方の魂を受け継ぎしお子を拝させて戴き感激です!」
陣内は榊原が連れてる子供にも目をやった
が、他の子は紹介される事はなかった
だが一目見れば誰の子か……一目瞭然だった
「貴方のお子は全部で五人でしたね?」
「違う!全部で六人だ」
「………何時産んだのですか?」
知らなかったと陣内は呟いた
「2年前だな」
「………え!二歳になられるのですか?」
「烈、知らなかったのか?」
「知りませんでした………
貴方のお子に逢う機会はありませんから…」
「だから遊びに来いって言ってるやん」
「行きます!近いうちに遊びに行かせて貰います!」
「今夜から数日留守にするけど、その後なら何時でも良いぞ!」
「なら貴方が還っておみえになった頃遊びに伺います!」
陣内はそう言い1階へと下りて行った
リハビリの為に陣内は階段を利用しているのだ
そこで康太と出逢って久しぶりという事もあり抱き着いた……
で、康太と別れて本来の用事をしに1階へと向かうのだった
康太は三階まで上がった
翔は自分の足で階段を上っていた
他の子は抱っこされて上っていた
康太は翔を見た
翔は母を見なかった
前を見据えて寡黙に階段を上がっていた
榊原は翔を抱き上げた
「とぅちゃ……」
翔は父の顔を見た
「父に甘えてれば良いです」
大人でも階段で三階まで上がるのはキツい
ましてや4歳児には相当キツいだろう
三階に到着すると榊原は翔を下ろした
翔は母の所へと向かい横を歩いた
三階にある建設施工部を覗き込むと城田琢哉と出くわした
「真贋!お久しぶりです
うわぁ!めちゃくそ可愛い!」
城田は康太と手を繋いでいる翔に目をやった
「次代の真贋 飛鳥井 翔
オレの子だ」
康太が言うと城田はしゃがみ込み翔に
「城田琢哉です
以後お見知りおきを!」と挨拶した
翔は頷いただけで城田の顔をじっと見ていた
「あきらたんのとぅちゃ!」とニコッと笑った
城田は「……え?……あぁ……貴方は真贋でしたね」と納得した
こんなに小さいのに……
翔の背負うべき重さに城田は言葉もなかった
視る先の瞳は康太と同じ……
康太は城田に「今度遊びに来いよ!勿論お前の子供も連れてな」とニコッと笑った
「是非遊びに逝かさせて貰います」
城田は嬉しそうに笑うと立ち上がった
そして部屋の奥で仕事をしている栗田に声を掛けた
「統括部長、真贋がおみえです!」
城田が言うと栗田は立ち上がって城田の方に走ってきた
「康太!!」
栗田は康太に抱き着いた
「逢いたかった!」
「もう会社に来て大丈夫なのかよ?」
「寝ている方が悪化します!
俺は飛鳥井康太の駒ですから……
捨てられたら生きていけないのです」
康太に抱き着く栗田のズボンを翔がツンツンと引っ張った
栗田はそーっと下を見た
「………翔!……」
栗田はしゃがむと翔を抱き締めた
「どうなさったのですか?」
「かぁちゃときちゃにょ!」
栗田は康太を見上げた
「隠すのは止めたんだよ
隠してても狙われるのなら表舞台に立たせようと想ってな……」
栗田は言葉もなかった
恵美よりも小さいのに……
その背負うべくモノの大きさをひしひしと感じて……
栗田は泣きそうになった
翔は栗田の頬を撫でて
「にゃくにゃ‥くりちゃ……」と優しく口吻けた
「………貴方の為ならば栗田……
惜しみなくこの命……擲りましょう」
翔は栗田の頭を撫でて笑っていた
「くりちゃはかぁちゃのためにゃら、れしょ?」
隠せない
その瞳は………総てを映し出していた
「いいえ、貴方の為にも」
「くりちゃ……むりちゅんにゃ」
翔は栗田を抱き締めて、離れた
栗田は立ち上がると康太を見た
「一夫……泣くな……」
康太は栗田の涙を拭ってやった
「………こんなに小さいのに……背負うべきモノは誰よりも重いのですね」
「………真贋だかんな……」
康太も苦しそうに答えた
生傷の絶えない修業を物語っていた
翔の体躯中にある傷を想って……
出逢った頃の康太を思い出した
出逢った頃の康太も生傷が絶えない子供だった
誰よりもキツい修業をして先へと逝くのだ
そうして康太は生きて来たのだ……
「ならな一夫」
「何処へ逝かれるのですか?」
「このまま階段で上まで上がる
皆に顔見せだ!」
「………また逢えますか?」
「今宵から少しいなくなるが、それ以降は消える事はねぇかんな
何時でも奢ってくれて構わねぇぞ?」
栗田は姿勢を正すと康太に深々と頭を下げた
「無事帰還されることを……お待ちしております」
「あぁ、還ったら遊びに来い
恵美も茶太郎も連れて来ると良い!
母ちゃん喜ぶと想う」
「はい!是非遊びに伺います」
康太は栗田の肩を叩いて、その場を離れた
階段を上がっていくと途中で綾小路綾人と中村理央が康太を待ち構えていた
その後ろには瀬能理人、愛染 陣が立っていた
瀬能が康太の顔を見て笑って
「城田が康太さんが階段を上がっていると連絡をくれたので…」とネタをばらした
「久しぶりやん
理央、元気か?」
康太は中村理央に声を掛けた
理央は「はい!康太さん、元気です」と嬉しそうに答えた
「綾人、幸せか?」
「はい!理央がいれば僕は何も要りません!」
綾小路はそう言い理央を抱き締めた
愛染は「貴方のお子に御座いますか?」と手を繋いでいる子を見て問い掛けた
「そうだ、オレの子だ!
この子は次代の真贋 飛鳥井 翔だ!」
康太は翔だけ紹介した
瀬能は「………他のお子は……紹介するのは無理なのですか?」と小さい声で問い掛けた
康太は手を繋いでいる流生を前に出した
「この子は飛鳥井流生!」
緑川一生に酷似した容姿に傍にいる一生を見た
一生は毅然とした顔で康太の横に立っていた
「可愛い」
理央は流生の前に座って、流生の頭を撫でた
「そして音弥、太陽、大空だ!」
康太は一人ずつ頭を撫でながら紹介した
「あと一人、保育園に通っている烈と言う子がいる
オレの子は全部で六人!
その子達が明日の飛鳥井を作って逝く事となる」
理央は立ち上がると綾小路の横に並んだ
理央の横に愛染と瀬能が並んで深々と頭を下げた
そして目線を子供達に合わせてしゃがんだ
綾小路が「以後お見知りおきを!」と言うと、子供達に顔見せをした
飛鳥井瑛太に酷似した容姿をした翔はそんな四人を視て笑っていた
そんな顔を見れば、康太の子だと思い知らされる
康太は翔に「視えたか?」と問い掛けた
翔は「あい!みえまちた」と答えた
「お前のために動く人間だ絶対に忘れるな!」
「あい!わちゅれまちぇん!」
翔は綾小路達に深々と一礼した
康太は翔と共に歩き出した
榊原や一生と聡一郎、兵藤はその後ろに続いて歩いた
榊原は翔を抱き上げた
康太は誰も抱き上げない
翔を抱き上げられないのに、他の子を抱き上げる訳にはいかないと想っていた
翔は榊原が抱っこして階段を上がり
一生が音弥を聡一郎が太陽、慎一が大空、兵藤が流生を抱っこして階段を上がっていた
五階に行くと蒼太が康太を待っていた
「康太、何時日本に還って来たのですか?」
「ほんの数時間前だ」
蒼太はそんな強行軍で来たのか……と眉を顰めた
「………体は……大丈夫なのか?」
兄だった
康太が腹を空かせてないか……
何時も気にして育ててくれた兄だった
友達と遊びに逝くと弟が心配で……遊べないから友達には飛鳥井に来て貰っていた
何時だって康太の心配をしてきた兄だった
「蒼兄、大丈夫だ
それより幸せか?」
康太はそんな兄だから……誰よりも兄の幸せを願った
「幸せですよ
君のくれた……幸せだから……」
後はもう声にならなかった
蒼太は康太を抱き締めて泣いた
昔から……兄は涙もろかった
榊原は康太にハンカチを渡した
その受け取ったハンカチで蒼太の涙を拭いた
「………お前は昔から本当に無茶ばかりするんだから……」
「蒼兄 大丈夫だ!
タイショウは元気か?」
「元気ですよ
朝 散歩に行くと母さんに逢うんですよ
母さんとたわいもない事を話して散歩に行けるのが………凄く嬉しい……ありがとう康太……」
「母ちゃんといられるならいてやってくれ
あぁ見えて寂しがり屋だからな」
「解ってる……そのために近くに越して行ったんだから……」
「また遊びに来てやってくれ」
「ええ。散歩の帰りに一緒に行きます」
康太は蒼太の肩を叩くと歩き出した
その後ろを榊原や一生達が子供達と共に着いて行った
蒼太はそれを見送り深々と頭を下げた
康太は広報宣伝部へと向かった
広報宣伝部のドアをノックすると、一色和正がドアを開けた
「………真贋……」
「千秋いる?」
「はい!奥にいます」
広報宣伝部は今 夏から始まる販売即売会のパンフレット製作中で活気に満ちていた
一色は「水野、真贋!」と康太の訪問を告げた
康太は部屋の奥へと入った
そして整列すると部屋の中を見回した
一瞬にして緊張が走る
その瞳に映る瞬間に総てを暴かれるのだ……
顔が強ばり……皆 動きを止めた
水野はそんな空気など気にする事なく康太に近寄った
「真贋、ご用なら伺いました!」
「用はねぇよ!」
「………なら……何故?」
水野は首を傾げた
「オレの子の顔見せだ!」
そう言われ……初めて康太の足下にいる子供に目をやった
「……貴方の……お子ですか?」
「そうだ!飛鳥井康太の子供達だ!」
康太はそう言うと子供達を整列させた
「次代の真贋 飛鳥井 翔だ!」
紹介されて子は……飛鳥井瑛太に酷似していた
翔は一礼した
「飛鳥井流生」
流生も一礼した
「飛鳥井音弥、飛鳥井太陽、飛鳥井大空だ!」
名を呼ばれると音弥も太陽も大空もペコッと一礼した
「オレの子はもう一人いるけどな保育園にいるからな、そのうち逢わせる事にする」
水野は子供達の前に立つと「水野千秋に御座います」と佳い深々と頭を下げた
一色も「一色和正です!以後お見知りおきを!」と言い挨拶して一礼した
水野は「可愛い!」と子供達に夢中になった
女性社員も男性社員も子供達を取り巻いた
水野は「ありがとう」と康太に礼を言った
「あんで礼を言ってるんだよ?」
「貴方の大切な宝物を見せてくれて……本当にありがとう」
「オレの亡き後……コイツ等が飛鳥井を作って逝く
力になってやってくれ!」
「………康太君……そんな事言わないで……」
水野はそう言い泣き出した
水野が子供みたいに泣く姿を目にして、企画宣伝部の社員は皆 信じられない想いだった
一色と出来あがって雰囲気は幾分和らいだが、それでも大人で切れ者の水野千秋だった
そんな子供みたいな姿などする事ない人だと思い込んでいた
「泣くな千秋
オレが一色に恨まれるじゃねぇかよ?」
康太が笑って言うと社員は、うんうん!と頷いた
一色も子供みたいな顔をして
「恨みませんよ!」と言い唇を尖らせた
「拗ねるな一色
可愛いじゃねぇかよ!」
康太は笑って一色を見上げた
「ちょっと屈め!」
言われて一色は康太の目線まで屈んだ
すると康太は一色の頭を撫でてやった
「拗ねるな!」
「………はい!」
「千秋を頼むぞ」
「はい!」
「うし!良い子だ!」
康太は一色の頬にキスを落とすと笑って水野を見た
「仲良くな千秋」
「はい!」
「今日は顔見せだ!オレは逝くかんな!」
「また逢わせて下さい」
「また連れて来るかんな」
康太は水野の頭を撫でて肩を叩くと背を向けた
そして片手をあげると、部屋を出て行った
その後を榊原達も着いて出て逝く
一色と水野はそれを一礼して見送った
康太は階段を上がり非常階段の通路の鍵を開けた
普段はそこは立ち入り禁止となっていた
最上階に逝く人間のみ鍵を持っていた
鍵を開けて入ると自動的に鍵が掛かった
オートロックの扉は一度閉まれば、再度鍵を入れなければ開かなかった
階段を上り最上階へと向かう
階段を上りきると社長室へと向かった
瑛太に一番先に会いに行く
それが送り出してくれる兄へと恩返しだから……
康太は兄を優先した
社長室のドアをノックすると瑛太がドアを開けた
「………康太?」
瑛太は康太の名前を呼んで……抱き締めた
「何時還って来たのですか?」
「ほんの数時間前」
「………疲れてませんか?」
「疲れてる暇がねぇからな……
オレは今宵からまた留守にする」
瑛太は驚いた風に目を見開き……諦めた様な顔をした
「………兄は……何時でも待っております」
「還ったら一番に顔を出す!
所で秘書は?」
瑛太の秘書は榎本未沙と言うアイドル顔負けの可愛い顔の秘書だった
「榎本は客人をお見送りしに行ってる」
「誰か来てたのか?」
「………外資系の世界二位の建設会社……グレシア建設会社の社長さんが来ていました
康太、君に逢いたがっていました」
瑛太が言うと康太は顔色を変えた
康太はシーッと唇に指を当てた
そして一生に目配せすると一生の耳元で
「盗聴器あるかも…」と伝えた
一生は社長の机の上のメモに
『客人は何処に座っていました?』と問い質した
瑛太はボールペンを貰い受けると、ソファーから出ていません」と返答した
一生はテーブルの下を覗き込んだ
すると………テーブルの下に小型盗聴器が付けられていた
一生はそれを取り外すとコップに水を入れた中へと沈めた
用心して防水だと危険だと社長室から持ち出した
屋上まで出ると、手摺りに近付きポトッと手を離した
盗聴器は一生の手から離れて落下して行った
一生は社長室に戻るとメモ用紙に業者を呼んで調べさせろ!と書いた
瑛太は慎一の耳元で「頼めますか?」と囁いた
慎一は盗聴器を撤去してくれる業者に電話を入れた
業者は直ぐに会社にやって来てくれまずは社長室から調べてくれた
社長室からは何も出なかった
念のため副社長と会長室も調べた
どちらも用意には入れずに盗聴器はなかった
真贋の部屋も盗聴器は出て来ず
社内を調べさせた
社内の幾つかの盗聴器は撤去された
社内に仕掛けられたと言うのは内部からの犯行か、外部からの犯行か
特定するのは容易ではなかった
中からの犯行という事は獅子身中の虫飼ってるも同然の事だ
中に虫を飼った末路は……崩壊だった
疑うべきは社員か
押し入った犯行か
予測が付かなかった
康太は盗聴器を撤去する業者に
「犯人を捕まえたい!
カメラを解らない所に仕掛けておいてくれ!」
と頼んだ
「解りました!期限は?」
「オレは来週まで不在だからな、再来週頃に頼む」
「解りました」
盗聴器の業者を帰すと康太は真贋の部屋に向かった
康太がいなくなって直ぐ兵藤の携帯が胸ポケットで震えた
兵藤はそれを見ると「トイレに行ってくるわ!」と言い
「トイレ、何処にあるか案内しろよ!」と慎一を連れて消えた
暫くしてトイレから戻って来ると、はぁはぁと息を切らしていた
一生は「どうしたのよ?」と問い掛けた
「慎一が子供達が待ってるから早くしろと急かすんだ……」と兵藤は肩を竦めて言った
慎一は「子供達を待たせる自覚があればトイレなど悠長にしてられる筈などないのです!」と怒った
真贋の部屋から出て来ると康太は
「瑛兄、オレ等はファミレスに逝って還るわ」と還る事を告げた
「では兄も一緒に逝きます」
秘書の榎本の睨みも何のその
瑛太は出掛ける準備をした
「榎本、社長は不在です
誰も通さないで下さい!
アポなしは当然
会長にも面会は止めて下さい」
「解りました!如月に申しておきます!」
榎本はそう言い社長室を出て会長室へと伝達に向かった
瑛太は康太と共に社長室を後にした
瑛太は流生の手を取った
榊原は翔と音弥と手を繋いだ
康太は太陽と大空と手を繋いだ
瑛太は楽しそうにエレベーターに乗り込んだ
地下駐車場へと向かい車に乗り込むとファミレスに向かった
瑛太は始終幸せそうに笑っていた
康太も榊原も一生も聡一郎も兵藤も子供達も、皆楽しそうに笑って過ごしていた
食事を終えると瑛太は康太を抱き締めて会社へと戻って行った
ファミレスを後にした康太は、病院に隼人を迎えに逝き、一旦飛鳥井の家へと戻った
そして時間の許す限り共に過ごした
両親に添い寝して貰い、子供達は幸せそうに眠りに落ちた
子供達の寝顔を眺め口吻けを落とし
振り切るように康太は立ち上がった
「弥勒の所に逝く」
康太が言うと聡一郎は「僕は残ります」と告げた
「なら会社のこと子供の事、頼んだぞ」
慎一も残る事になっていた
慎一まで魔界に逝くと子供達の送り迎えから世話に困るからだ
慎一は深々と頭を下げ
「無事帰還される事を祈っております」と告げた
「子供達の事……頼むぞ」
「承知してます!
どうか心配なさらずに……」
「心配はしてねぇよ
オレには慎一がいてくれるからな」
康太はそう言い慎一を抱き締めた
「じゃ、後は頼むぞ!」
慎一は深々と頭を下げ「御意!」と言い見送った
聡一郎は何も言わず微笑み送り出した
無事で……還って来て下さい
想う事は一つだった
頼むから……
聡一郎は両手を強く握り締めると、胸に抱いた
留守は守る
何があろうとも!
康太の留守は護る!
聡一郎はそう心に決めていた
一生の車で弥勒の家まで向かう
兵藤は一足先に弥勒の家へと向かっていた
助手席に隼人を乗せて
後部座席に康太と榊原と久遠を乗せた
久遠と隼人は崑崙山に置いておく
八仙のたっての頼みだった
弥勒の家の前の駐車場に車を停めると、道場の中からの弥勒が出て来た
「遅かったか?」
康太が言うと弥勒は「構わぬ……崑崙山と時空で繋いでいるから直ぐにでも逝ける」と出立の準備は整っている事を告げた
道場へ逝くと兵藤も待ち構えていた
康太は「なら逝くとするか!」と言い首をコキコキと動かした
そして時空を超えた
いざ魔界へ
その先に何が待ち構えていようとも怯まない
逝く道を進むだけだ
康太は人の世の寿命を削り……
それでも立ち向かう為に歩き始めた
その歩みは止まることはない
ともだちにシェアしよう!