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第16話 Molting

康太達は崑崙山へと下り立った 康太達が姿を現すと八仙が待ち構えていたかの様に姿を現した 「炎帝様 世界樹の根元へ逝かれる為に……来られたというのは本当で御座いますか?」 八仙の一人が顔を見るなり問い掛けて来た 「お-!世界樹の根元へ逝く気だぜ?」 ニヴルヘイムに逢った神などいない 本当に存在するのかも危うい 八仙とて……疑っていた 「………ニヴルヘイムとかいう創造神の一柱に逢われるのですか?」 「天地創造の前より世界樹の根元に棲む神だぜ?」 「………逢った者などおりません」 「オレは逢ったぜ」 炎帝は笑顔でそう言った 八仙は唖然とした顔を炎帝に向けた 「また逢う約束をした その時が来たんだ!」 「………本当に存在なさったのですな……」 「名の在る神は必ず存在するって言ったやん」 「………ですが……目にした事のない神の何を信じろと仰るのですか?」 「それもそうだな! んな事よりも約束通り、久遠を連れて来たぜ!」 「おおぉ!久遠殿!待っておりました! そして隼人殿、お待ちしておりました!」 「「え?………」」 久遠と隼人は八仙の迫力に、想わず康太の後ろに隠れた 康太は笑っていた 八仙は「久遠殿には薬草学を、隼人殿には九曜神がお目にかかりたいとかでお待ちだ!」と説明した それでやっと納得して息を吐き出した 八仙は赤龍の顔を見ると 「お主待望の賢者、二つ離れ山に還っておるからな、逝くがよい!」 八仙が言うと赤龍は「二つ離れ山?それ何処よ?」と問い質した 「………赤いのは二つ離れ山を知らぬのか?」 「………知らねぇよ……初めて聞く山だ」 「なれば炎帝殿に聞くがよい 二つ離れ山は炎帝殿の山でもあるのだからな」 「………炎帝の山?」 そんなのは聞いた事はなかった 「炎帝殿 二つ離れ山にあないしてやるとよい」 八仙が言うと炎帝は朱雀に 「鳥になれ朱雀」と言った 朱雀は諦めの境地だけど、少しだけブツブツ 「………すっごく簡単に言ったな……」と言った 外に出ると朱雀は鳥になった 「乗って良い?」 「………お前……青龍に乗るんじゃねぇのかよ?」 「気流が安定しねぇ場所は鳥で逝くのが一番なんだよ! オレの青龍が気流に飲まれて怪我したらどうするんだよ!」 あ~そう言う事ね……… 朱雀は鳥の姿になった 朱雀の系譜は鳳凰の叔父を持つ由緒正しき家柄だった 朱雀の背中に炎帝と青龍と赤龍が乗り込んだ 久遠と隼人はお留守番だった 「八仙、久遠と隼人を頼むな!」 「お委せあれ!この命にかえましても御守り致します!」 炎帝は頷き「朱雀飛べ」と合図を送った 朱雀は後ろに炎帝達を乗せて、気を付けながら飛び上がった 気流に乗ると炎帝は回りを見ながら朱雀に逝く方向を指示した 「一つ山 知ってる?」 「………一つ山って妖怪がうじゃうじゃといる山?」 「そう。その山を左に旋回して気流に乗って飛んでくれ」 「了解!」 「で、一つ山を超えると少し気をつけろ! 異界との境目だからな……吸い込まれねぇようにな」 「………異界?……吸い込まれたら何処へ逝くのよ?」 「魑魅魍魎うじゃうじゃいる場所 あの異界は魔界では押さえられない怪異を閉じ込めてあるんだよ」 「………それって初めて聞くかも……」 「崑崙山の恐ろしさは、その近隣の山を入れて…… 危険だと言ってるんだよ 不用意に上空を飛ぶと………引き込まれるからな」 「………俺は大丈夫なのかよ?」 朱雀はそんな物騒な場所の上を飛ばせるな……と想った 「朱雀は鳳凰の系譜だからな手は出さねぇよ! この地は鳳凰に委ねてあるからな 鳳凰の業火に焼かれて殲滅されるのは嫌みてぇだな」 炎帝はそう言い笑った 朱雀を連れて来たのが……何となく解った 朱雀は一つ山を左に旋回して、上手く気流に乗った 気流に暫し流されて逝くと、妖力立ち籠めた山が目の前に出てきた 驚ろ驚しい山には草木一本生えてはいなかった 「…………ひょっとして……この山?」 「そうだ!この山が二つ離れ山だ! 覚えておくと良い! 何時か役立つ時もある!」 だから炎帝は朱雀を連れて来たのだと……謂われてるのなら…… 多少の雑な扱いも溜飲が下がった 朱雀は二つ離れ山の頂上に下り立った そして背中の炎帝達を下ろすと、人の姿に戻った 炎帝は「気をつけろ!」と声をかけた 赤龍は何に気をつければ良いのかと……辺りを見渡した 「………炎帝……こんな土地に生き物なんて棲んでるのかよ?」 それ程に……荒れ果てた土地だった 炎帝は構えると「来るぜ!」と戦闘態勢に入った 青龍も何時でも炎帝を護れる様に身構えた 炎帝達の目の前に……… 襤褸布を頭から被った巨漢が姿を現した 顔は……見えなかった だが威圧感は半端なく……漢(男)は存在感を放っていた 「儂の地に何か用か?」 漢は炎帝達に問い掛けた 「用がなきゃ来ねぇよ!こんな場所!」 挑発する様に炎帝は言い捨てた 「変わらぬな……炎帝よ」 「おめぇも変わらねぇな賢者 ラルゴ」 炎帝が言うと朱雀が「ラルゴ?」と呟いた 「知らねぇか?仙界の三賢人を?」 「………三賢人?叔父貴なら知ってるだろうが、俺は……仙界の事は詳しくはねぇ……」 「仙界には三人の賢者がいる 二つ離れ山のラルゴ 桃源郷にいるアサス 仙界と天界の境目にいるモース 三人の賢者が仙界には存在するんだよ 朱雀、覚えておくと良い!」 何かを伝える為に炎帝は朱雀を連れて来たのは解る…… 賢者は朱雀を見て「炎帝、コイツか?」と問い掛けた 「あぁ、鳳凰の直径の朱雀だ」 「魂を司る者だな 鳳凰にも出来ぬ魂の再生を司る者だったな…」 「そうだ!顔合わせの為に連れて来た」 「そうか……お主が朱雀か おお!済まぬ、家に入ってくれ!」 家に入ってくれ……と謂われても家など何処にもなくて……朱雀は立ち尽くしていた 賢者がパチンっと指を鳴らすと、ヴェールが解けた様に……家が出て来た 草木も生えぬ断崖絶壁だったのに……… 花畑に囲まれた場所に家が建っていた 「早く入れ!」 賢者は急かした 朱雀達は慌てて入ると、再びヴェールに包まれた 賢者は家に客人を招き入れた 人の世で謂う応接間に通されて、ソファーに座り寛ぐと 賢者は妖精にお茶を入れさせた お茶を飲んで一息つくと、賢者は口を開いた 「今日尋ねられた用件は八仙から伝えられた通りでよいのか?」 漢は襤褸布を脱いでいた よく見れば端整な顔立ちはかなりの男前で、ガッチリした体躯をしていた 「あぁ、赤龍を蛇に変身出来る様にしてくれ そして我が伴侶 青龍の脱皮……だ」 「………赤龍を蛇に変身させるのは容易い 元々は蛇なのだからな、始祖の力を利用すれば出来ない訳ではない だが、青龍殿は完全体であられる 完全体の龍の脱皮……それは青龍殿をも変える事となる……覚悟はしておるのか?」 「ラルゴ、オレは思いつきで来た訳じゃねぇ! 青龍の脱皮はそりゃぁ見てぇが…… 命に関わる事をさせてぇ訳じゃねぇ…… 必要なんだよラルゴ 法皇になる以上は……應龍に匹敵しねぇと……」 「應龍か……今金龍が應龍の一隅になっているのだったな」 「そうだ!だが完全体にはなれなかった」 「………完全体……そんなの存在する訳なかろうが!」 「するんだよ!しねぇとならねぇんだよ!ラルゴ」 賢者は黙った そして驚愕の瞳を炎帝に向けて 「お主は一体……何を考えているのだ?」と問い掛けた 「オレか?在るべき明日を作る! それしか考えてねぇよ! 歪みきった世の中を正さねぇとな…… 何処までも曲がって逝ってしまうんだよ 四霊 四龍 四神 八雷神 十二支天、龍生九子 龍族八部衆……それらの復活…… 亡くしたそれらを在るべきモノに変える!」 「………やはり……あの噂は……お主が流しているのか?」 「噂?なんだよ?それは?」 「神々の復活………亡くした神々が復活して閻魔の元へ集まる……」 「それは噂じゃねぇよ!」 「………え?……」 「現実だよ!ラルゴ」 「…………ならば……あの方も……復活されたのか?」 「あの方?誰よそれ?」 「四霊がお一人……霊亀様……」 「あぁ、六つ飛山に還っていたと想うぞ」 「………そうですか……蘇られましたか…」 「………ラルゴ、それは違う! 四霊は甦ったんじゃねぇ! 平和な世の中にしか姿を現さない四霊は和平を望んで誕生したんだよ」 「………なれば……儂の姿を見ても……解らぬか…」 「………気になるなら逢いに行け! そしたら解る事もある!」 「解り申した……… さてと、儂に逢いにみえた用件を片付けるとするか!」 賢者は赤龍の首根っこを掴むと外へと出た 「うわぁー!」 急に首根っこを掴まれて、赤龍はビックリして声を上げた 「しゃがめ!お前の中の始祖の血を甦らせてやろう!」 謂われて赤龍は賢者の前に座った 賢者が呪文を唱えると……… 見掛けない円陣の中に閉じ込められた 「お主も遙か昔は蛇だった 思い出すが良い 蛇だった頃の自分を!」 もう……想い出す事もない 遙か昔の話だった 四龍になる一柱として生を成した 初めて龍になった日…… ………あぁ……思い出した 中々 龍に変身出来なくて……一族の者をヤキモキさせた 意識が戻って逝く 自分の過去を邂逅して逝く 意識が遠くなり……… 頭が真っ白になった 次の瞬間 赤龍は……蛇に姿を変えた 炎帝は「おっ!蛇になったやん」と赤龍を拾い上げた 「……炎帝!」 赤龍の声だが、やけに姿は可愛くて……炎帝は笑った 「うし!これで冥府に逝けるな赤龍」 炎帝が言うと賢者は、驚愕の瞳を炎帝に向けた 「………冥府に逝かれるのか?」 「あぁ、冥府に逝く」 「……赤龍も連れて逝く気か?」 「そうだ!だから蛇に変身させたんだよ」 「………だから蛇に?……蛇なれば冥府に入れるというのか?」 「オレと共にならばな!」 賢者は黙り……なにやら思案していた そして口を開いて「啓示だ」と言い 「乱世の世に蛇を抱き地底に降りる者 この世の歪みを直し、この星を治める……とある それはお主の事か?」 「オレじゃねぇな、それは! オレは地球(ほし)を治めるなんて冗談じゃねぇ! んな面倒くさい事はしたくなんかねぇんだよ! 止めてくれ……オレは青龍と仲良く死ねたら、それだけで本望だ」 「………やはり……青龍殿の妻はお主なのか……」 今魔界で持ち切りの話題……それは青龍殿の妻の話題だった 「青龍の妻は未来永劫 オレ一人!」 炎帝が言うと青龍もニコニコして 「そうです!僕の妻は未来永劫 炎帝だけです」と答えた 賢者は目の前でイチャイチャする二人に…… 「………暑苦しい……」と呟いた そんなのお構いなしで炎帝は青龍に抱き着いた 「青龍 愛してる お前だけ未来永劫愛してる」 「私も炎帝だけ愛してます 未来永劫 炎帝だけ愛します」 かなり執拗な口吻けを交わす二人に……… 「………本当に炎帝か?」と聞きたくなった 蛇の赤龍が「賢者殿諦められよ……あの二人は寄ると触ると新婚に突入する……」と宥め賺した 「………………前に逢った時は……」 賢者は言い淀んだ 遙か昔 炎帝に逢った 中身の何にも詰まっていない畏れしかない存在だった それが今はどうした事か? その中身は詰まっていて……青龍の愛に応える様に笑う顔は……… 前では想像もつかない位……幸福に満ちていた 炎帝は変わった もう中身の詰まっていない傀儡ではない 賢者は覚悟を決めると 「青龍殿 此方へ!」と青龍を呼んだ 「青龍殿は必要のない脱皮をされる事には…… 異議を申されないのですか?」 「私は妻が望む先へ逝く 妻も私を助ける為ならば……その命 惜しみもなく擲って私を助けるでしょう 私も同じです 妻の為ならば、この命 惜しみなく擲ってみせましょう!」 青龍の愛だった その愛は揺るぎなく一途に互いを想っていた 賢者は絶対の結びつきの夫婦を目にして腹を括った 「では青龍殿 此方へ!」 青龍はゆったりとした足取りで賢者の前へと立った 「龍族は脱皮はしない 蛇の時ならばまだしも 完全体になって脱皮など皆無に等しい 今の龍族の完全体は脱皮してなった訳ではない 年を重ね……受け入れた現実だ 命の保証はせぬが……覚悟はよいか?」 「はい!総て承知で貴方の前に立っているのです 私には妻がいます なので死にません! 奥さん……必ずや還って来ます 還って来た私を愛して下さいね」 「解ってる! オレは青龍しか愛せねぇ! 待ってるかんな!」 青龍は頷いて賢者の瞳を射抜いた 賢者は呪文を唱えた すると青龍の足元から水が溢れ出して来た その水はあっという間に青龍を包み込み…… 球体となった 「この水は釈迦が惰眠を貪る湖の水から出来ております この水が……貴方のなるべき姿にしてくれます 脱皮出来ないとしたら…… それは貴方には脱皮は必要ないという事です 総ては……神のお導き 受け入れてください」 「解りました 脱皮出来ないのは残念ですが……受け入れます 奥さん……もし脱皮出来なくても…… 他の蛇の皮を欲しがったりしないで下さいね」 「オレは青龍のしか要らねぇよ 他の蛇の皮なんて欲しがらねぇよ」 「………君を抱き締めたいです……」 球体に包まれ水の中、青龍は妻だけを見詰めていた 炎帝も青龍の傍を離れなかった 球体のヴェール越しに青龍と炎帝は口吻けをした 「愛しています……炎帝」 「青龍、オレもお前だけ愛している」 青龍の体躯が龍になる 自分の意思とは関係なく………龍になる 炎帝の目の前で青龍は龍に姿を変えた 青龍の鱗がキラキラと木漏れ日に輝いていた 龍の角に口吻けしたい 青龍の鱗の一枚さえも磨き上げたい 愛しているのだ青龍を…… 炎帝は愛しげな瞳で青龍を見ていた すると青龍は炎帝の目の前で、苦しげに蜷局を巻き始めた 水に抗い……… 身を捩る 水の中……溺れそうな青龍がいた 苦悶の表情を浮かべる青龍を見て、炎帝は焦った 苦しそうに青龍が暴れた様に動くたびに、球体は激しく形を変えて撓った 「……青龍………青龍………オレの蒼い龍……」 炎帝は球体に縋り付いた 真っ青な瞳は見開かれ 鱗は逆立ち 苦しみ足掻いている青龍の姿に、炎帝は青龍の名を呼ぶしか出来なかった 苦しめたい訳じゃない 青龍の存在を絶対のモノにしたかった…… もちろん脱皮は見たかった そして脱皮した皮も欲しかった でもそれで青龍を亡くすなら……… 何も要らない 青龍だけ……生きててくれれば良い 魔界は今後も些細な事で混乱は避けられないだろう 魔界には絶対的な存在が必要だ 皆が畏れる存在と 皆が傅く存在 そして皆が納得して従う存在 それが青龍の役割………だった 魔界の法律 魔界の秩序 魔界の規律 彼は裁きを下す存在 誰にも口を挟ませない存在にする それが炎帝の思惑だった もっと位の高い存在に…… 龍族の長は金龍だ だが法皇になるべき存在が金龍と同クラスでは…… 統制は難くなるだろう そう思ってチャンスとばかりに青龍を一皮剥いて 絶対的な存在にしようと想った だが………こんなに苦しむのなら……… やるんじゃなかった 愛する男を苦しめる事を…… やるべきではなかった 炎帝は後悔していた 青龍…… 青龍…… 泣きそうな顔で青龍を見る炎帝がいた 青龍は炎帝を見ていた そんな顔しないで下さい…… 青龍は想った そんなに哀しい顔はさせたくないのだから…… 苦しい…… 体躯がバラバラになりそうです でも炎帝…… 君の泣きそうな顔の方が…… 僕は痛い そんな顔しないで…… あぁ……君の唇に口吻け出来たなら…… そんな顔させないのに……… 体躯を切り裂かれる様な痛みに耐えて、青龍は炎帝を想う 体躯の痛みなら耐えられる だが目の前で炎帝が泣きそうになるのは…… 耐えられない…… 愛する存在なのだ 唯一無二の存在なのだ 冷徹で感情もないロボット そう言われて生きて来た 総てが決められた事だと審判を言い渡して来た 曲がる事なく、総てが定規で図った様な裁きを下して来た そんな自分が……間違いだと気付いたのは…… 炎帝を愛した頃からだった 人は閻魔が裁く 魔界の者は青龍が裁く 魔界に棲む者は総て、存在するには理由がある その自分の役務を放り出して堕落する奴には裁きを下して来た そんな自分が……して来た事を…… 間違いだと想った事は一度もない だが……情状すべき案件もあった筈だ そんな過去の自分を想う そして魔界での自分の在り方を想う 妻の為だけに生きると決めた 妻を護る為に…… 自分は魔界の絶対的な存在になる 炎帝…… 炎帝…… 僕の中には君しかいません 炎帝…… 炎帝…… 青龍は球体に張り付く炎帝に口吻けた 龍の唇が炎帝の唇と合わさる そこから愛が生まれ 青龍の愛はもっと深く…… 炎帝を愛す 互いを求め合う魂 炎帝の想いと、青龍の想いが一つに交差した瞬間 青龍の体躯が光って、目映い光を放った 光のヴェールに包まれた青龍が優しく笑って炎帝に口吻ける 合わさる指のぬくもりに……青龍の想いは深く……深く……募っていく 青龍の体躯は光ったまま……ゆらゆら揺れていた 光は……… 青龍の体躯から剥がれて逝き…… やがて光はなくなった 青龍の体躯の上で光のヴェールがゆらゆら揺れていた 青龍が脱皮した瞬間だった 賢者はその様をしかと見届けた そして感無量 二人の愛が為し得た功績に賢者は目頭を押さえた 「青龍殿 貴殿の爪でその球体を切り裂けば、外へ出られる事となる」 賢者の言葉に青龍は鋭く尖った爪で球体は表面を切り裂いた すると球体は破れ、青龍を包んでいた球体はなくなった 炎帝は青龍を見上げた そこには……姿カタチは変わらぬが…… より完全体になった青龍がいた 「これが青龍の完全体か?」 炎帝は賢者に声をかけた 「青龍殿は東洋の龍 東洋の龍には翼竜の様な羽根は生えません その代わり……この鱗をご覧なさい この鱗は時空をも簡単に超えるであろう…… 前の体躯とは雲泥の差があるのです この爪にしても鱗にしても…… そして翼竜を越すであろう鱗の性能 青龍殿に匹敵する龍は存在しません よく脱皮されましたね…… よもや脱皮は無理かと想っておりました……」 青龍は嬉しそうに長い舌で炎帝を舐めながら 「私は妻が望む事なれば、何でも叶えてやりたいのです 妻は私の総てですから……」 と盛大に惚気た 赤龍は青龍の脱皮した皮の上をニョロニョロと動き回って 「この皮、どうするのよ?」と問い掛けた 「これは八仙の所に還ったら兄者でも呼んでオブジェにしてくれる様に頼むつもりなんだ!」 そう言い炎帝は青龍の抜け殻を綺麗に畳んだ 青龍はまだ龍の姿のままだった 赤龍はニョロニョロと青龍の体躯によじ登ろうとした それを炎帝が止めて肩に乗せた 「赤いの、死にたくなきゃ青龍に近付くな」 「………え?何?……どう言う事よ?」 「青龍の鱗は凶器と一緒だ 不用意に近付けば切れるぜ?」 「………お前は抱き着いていたじゃねぇかよ?」 「青龍はぜってぇにオレを傷付けねぇかんな でも意図せずに近付けば……怪我する」 そう言い炎帝は青龍の鱗を見せた 「時空も駆け抜けて逝ける体躯だからな…… 総てにおいて進化しているんだよ」 「すげぇな……」 炎帝は赤龍を撫でた 「おめぇはオレのポケットに入ってろ!」 そう言い胸ポケットに赤龍を入れた 案外楽かも 赤龍はご機嫌に赤い舌をペロペロと出していた 賢者は「青龍殿、人の形に戻られて良いぞ!」と言うと青龍は人の姿に戻った 炎帝は青龍に抱き着いた 青龍は炎帝を胸に抱き締めた 「………青龍……凄く綺麗だった……」 「無事脱皮出来て良かったです 君に抜け殻を渡せて良かったです」 「めちゃくそ綺麗だな……」 炎帝はうっとりと言った 炎帝は青龍から離れると賢者に深々と頭を下げた 「無理難題言って悪かった お礼と言ってはなんだが、その命……途切れる事なく繋いでおく事にした」 「………え……そろそろ役目を終える頃なのでは……」 「これからが、お前達の力が要るんだろ?」 「………そんな事は聞いてない…」 「朱雀が此処に来たって事が証拠だ」 賢者は辺りを見渡した そこには朱雀の姿はなかった 「朱雀が戻って来たら還るわ」 「………まさか……」 「そう!そのまさか!」 炎帝はサラッと言った 後はもう興味もないのか青龍とイチャイチャしていた 朱雀が姿を現すと、炎帝は「なら還るわ!」と簡単に言った 「おい!炎帝!」 「お前はまだ死なねぇよ お前達の力がこれから必要になるんだよ」 「………これから?」 「そう!これからが賢者の力の発揮所だろうが! 乱世を生き抜く為に協力しろよ!」 「………仕事をして皆の役に立って終えれると申すか?」 「それこそが本望だろ?」 賢者は深々と頭を下げた 炎帝は賢者の肩をたたくと歩き出した 家の外に出て朱雀の背中に乗ると、朱雀は天高く羽ばたいた 炎帝の手には青龍の抜け殻がキラキラと光っていた 朱雀は八仙の所へと飛んで逝った 賢者はその姿を見送っていた 乱世に現れる使徒の忌日を噛み締めて………見送った 炎帝は八仙の所へ戻って来ると、天高く手を上げ語り掛けた 「兄者 青龍の皮をオブジェにしてくれねぇか?」と頼んだ すると炎帝の目の前に、紅蓮の衣装に身を包んだ閻魔が姿を現した その後ろには黒龍も金龍もいた 金龍は炎帝の前に出ると深々と頭を下げた 「………龍族の明日を……繋げて……逝かせてくれるのは何時も……炎ちゃんだ……」 魔界での龍族の立場は弱かった 忌み嫌われて……遠巻きに接して来られた それでも良いと……金龍は距離を取って暮らした 微妙な立場の龍族の明日を危惧して…… 孤立して行った なのに……青龍が炎帝と駆け落ちして…… 閻魔が龍族を気にかけてくれる様になり…… 距離は縮まって逝った そして青龍が炎帝を妻に娶ると正式に発表してからは…… 魔界の者総てから祝辞を貰い…… 違和感もなく…… 皆が近寄ってくれる様になった 青龍が法皇になったと伝令が飛べば、やはり魔界の者から祝辞を貰った 魔界の中心に入れて貰い…… 閻魔や健御雷神達と共に立つ事を許され…… 龍族は魔界での立場を確保しつつあった それも総て………炎帝の配慮があればこそ……だった 「金龍、青龍は龍族の絶対になったな もうこれで誰も……異議など唱えねぇだろ?」 炎帝の言葉に金龍は堪えきれず涙した 「………炎ちゃん……我ら龍族は意固地に存在して来たのだと……今更ながらに想う こんなにも……距離は近かった 何を思い悩んでいたのだろう……我等は……」 「金龍 魔界が好きか?」 突拍子もない質問に金龍は炎帝を見た そして笑顔をたたえ答えた 「好きだ……昔は……魔界が大嫌いだった 龍でいる自分達が大嫌いだった…… 龍は忌み嫌われる存在にしかならないのか…… 崇め高められても……龍になれば恐怖と畏怖しか感じられない…… だが今は違う 我は魔界が大好きだ 大切だ 我等は魔界で生きて逝く その為なれば皆一致団結して魔界を護ると決めている それも……炎ちゃんがくれた……今だと我は想う」 「違ぇよ金龍 おめぇが魔界と共に在ろうと願ったから 今があるんだよ おめぇは魔界が好きなんだよ だから何処へも逝く事なく魔界にいたんだよ」 「………炎ちゃん……」 「魔界の者は龍族を嫌っちゃいねぇ そろそろ魔界も一つにならねぇとな その為に青龍の存在は必要なんだよ 青龍の脱皮は誰も成し遂げなかった偉大な功績となる オレの家に青龍の皮は飾っておいてくれ」 蕩ける様な笑みを浮かべて炎帝はそう言った 閻魔は弟の意向に沿う為に 「青龍殿の脱皮された皮は私が責任を持って加工してお前の家に飾っておこう!」と約束した 「兄者 オレも魔界に逝くかんな 一緒に逝こうぜ!」 炎帝は青龍に抱き着いて、そう言った 「炎帝、直ぐに魔界に逝きますか?」 「おう!直ぐに逝こうと想う」 炎帝は青龍の脱皮の皮を手にして言った 青龍は龍に姿を変えた 「奥さん僕の背中に乗って下さい」 他の背中に乗せるのは嫌だった 青龍は皆の前で龍になり炎帝を乗せた 金龍は完全体になった青龍を見た ぱっと見は何も変わらない容姿だった だが……鱗の輝き一枚にしても……龍の持つ輝きではないのは、龍である自分が一番知っていた 金龍と黒龍は青龍に触れた 炎帝は「不意に触ると手が切れるぞ」と忠告した 黒龍は「………え?…」と嘘だろ……と声に出した その時、鱗で手を切った 「……何………どうなってるんだ?」 唖然とした黒龍は切れた手を押さえた 八仙が怪我の手当をした 「青龍の鱗は鋭利な刃の様に硬くて柔軟で鋭い 変わったのは鱗だけじゃねぇ! 爪にしても角にしても、青龍の全身が変わったんだよ」 炎帝の言葉に金龍は 「………完全体と言う事ですか?」と問い掛けた 「そうだ!西洋の龍はドラゴンになり翼を生やす それが完全体だ 東洋の龍は翼を生やしたり変化はねぇ だけど鱗が強靱な翼竜並みの性能になる どんな龍が競ったとしても青龍程には飛べねぇ 青龍の体躯は鋼の様に強く……どんな武器も通らないだろう……」 炎帝の言葉に金龍と黒龍は言葉を失った 「五行相克……木は土に、土は水に、水は火に、火は金に、金は木にそれぞれ剋 (か) つとされる 水である青龍は火の力も持っているからな まぁ今の所、無敵って事だ」 炎帝はそう言い笑った 「青龍の存在で小童位は黙らせられるって事だ 便利だろ? んな便利なもんは利用しねぇ手はねぇだろ? ウダウダ言ってる奴らは、これで当分は黙るんじゃねぇか? そのうち、オレらも還るかんな そしたら兄者も少しは楽が出来るだろ?」 閻魔は兄思いの弟の想いに胸が一杯になった 「……炎帝……」 「兄者、腹が減った 冥府に行く前に何か食わせてくれ! そしたら青龍を洗うかんな 夜中に冥府に逝くまで青龍と過ごす」 先に釘を刺されて閻魔は残念そうな顔をした 「………兄とは……過ごす時間は……ないのか?」 「冥府から還ったら二通夜、兄者や黒龍達の為に過ごす事にする だから拗ねるな兄者……」 閻魔は弟を抱き締めた 「………お前とは……たまにしか逢えぬからな…… 兄の我が儘だ……許しなさい…」 「だから兄者や皆と過ごすと言ってる 時間が惜しいからな逝くぜ兄者! 青龍、閻魔の邸宅まで飛べ! そしたらオレんちで体躯を洗ってやんよ!」 言われ青龍は妻を背に乗せてるから気を付けて飛び上がった 「奥さん 何だか体躯が軽いです」 「そうか……無理させたな」 「君のためならば、この命……惜しくもありません」 「お前を亡くしてオレが生きて逝けねぇんだよ」 「炎帝……」 「青龍はオレの総てだ……」 「僕にとっても……君は総てです……」 炎帝は青龍の角を握った 「なぁお前ら……俺の存在忘れてねぇか?」 炎帝の胸ポケットから赤龍の声がした 青龍は笑って「忘れてませんよ兄さん」と答えた 「イチャイチャは下に下りてからやれ!」 「僕は何処でも炎帝とイチャイチャしていたのです!」 「………蒼いの……兄の言う事位聞け…」 「なら下に下りたら撫でて良いですか? 僕が洗ってあげます」 「………蛇だけどさ……」 それは抵抗がある…… 「炎帝、後で投影機で残しておいて下さいね!」 「了解!滅多とねぇもんな」 炎帝は赤龍の頭を撫でた

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